亡霊の群れと支配者の声
ガチャン。ガチャン。ガチャン。ガチャン――。
赤く明滅する非常灯に照らされた通路の奥から、無数の影が雪崩のように押し寄せてくる。
朝日は反射的に、腰の錆びたナイフを抜き放った。
だが、迫り来るその『群れ』の顔を視認した瞬間、朝日の動きがピタリと凍りついた。
「嘘だろ……」
押し寄せてきたのは、サイバーハウンドのような機械の化け物ではない。
虚ろな瞳で、生気のない足取りで歩く、数十人もの『人間』だった。先ほどのライアンと同じ、ボロボロの囚人服を着せられたNPC化の被害者たち。彼らが、無機質な波となってこちらへ殺到しているのだ。
「神宮司の野郎……! こいつらを『使い捨ての壁』として送り込んできやがったのか!」
朝日はギリッと奥歯を噛み締めた。
彼らは敵ではない。自分たちが救おうとしている『人間』だ。
だが、向こうは自我を封じられ、朝日たちを排除するためのプログラムとして襲いかかってくる。
「殺せば、彼らを救えなくなります……! でも、このままじゃ私たちが……!」
くるみが悲痛な声を上げる。
『殺せば救えない。だが、殺さなければ俺たちが死ぬ』
過去最大級の絶望的なジレンマ。
だが、チーム・アテナの司令塔(IGL)は、この極限状態において一切の迷いを見せなかった。
「――作戦変更(プランB)。非殺傷での制圧のみ許可します!」
雪那の凛とした声が、通路に響き渡った。
「くるみ、シールドは防御ではなく『壁』として使いなさい! 前方に展開し、彼らを押し返すブルドーザーの要領で道を作ります!」
「はいっ!! 【ドームシールド・フロント展開】!!」
くるみがデバイスを前に突き出すと、半透明の青い光の壁が前方に生成され、押し寄せる亡霊の群れを物理的に押し留める。
「朝日! ナイフはしまいなさい! 命を奪わない『精密な一撃』で、彼らを無力化して!」
「……上等だ!!」
朝日は錆びたナイフを投げ捨て、一切の武器を持たない『素手』のまま、くるみのシールドの横から群れの真っ只中へと飛び込んだ。
「ウ、ガァァァッ……!」
うめき声を上げて掴みかかってくるNPCたち。
朝日は持ち前の規格外の動体視力でその腕を掻き潜り、相手の関節を的確に極め、床へと叩き伏せる。
ドガッ! ゴスッ!
殺すための銃弾ではない。気絶させるための、アゴ先を打ち抜く鋭い当て身。
容赦なく殴りつけなければならないその感触が、朝日の拳に重く、泥臭くのしかかる。
「悪ィ……! 後で絶対助けるから、今は寝ててくれ!!」
朝日は歯を食いしばりながら、血の滲むような肉弾戦で次々と亡霊たちを無力化し、強引に道をこじ開けていく。
『――朝日、前方15メートル! 通路の天井を支える配管に、構造的な脆弱性を確認!』
アテナの的確なナビゲートが脳内に響く。
「雪那! くるみ! 走れェッ!!」
朝日は群れを蹴り飛ばして隙を作り、二人がその下を通り抜けた瞬間、頭上の巨大な配管へ向けて渾身の跳躍を見せた。
「ぶっ壊れろォッ!!」
ドガァァァァァァンッ!!
朝日の強烈な蹴りが錆びた配管のジョイントを粉砕する。
凄まじい轟音と共に天井の一部が崩落し、大量の瓦礫が通路を完全に塞ぎ、亡霊の群れを物理的に分断した。
もうもうと立ち込める土煙の中、三人は崩落した瓦礫の裏で荒い息を吐き出し、その場に崩れ落ちた。
「……はぁっ……はぁっ……抜けた、ぞ……」
朝日は擦り剥けた拳を見つめ、痛みを堪えるように息を吐く。
一瞬の静寂。
だが、その安堵を切り裂くように、彼らのインカムに『ノイズ』が走った。
『――見事だ。まさか、あの群れを誰一人殺さずに突破するとはね』
冷たく、けれどどこか愉快そうなその声。
第一章の開戦時以来。この地下のセクターGに落ちてから、初めて『神宮司』本人の声が三人に直接届いたのだ。
「神宮司……ッ!!」
朝日の声に怒りが滲む。
『亡霊たちを助けようとしたね。……無駄なことを。彼らはすでにシステムの一部であり、効率化されたデータに過ぎない』
神宮司の淡々とした言葉が、三人の神経を逆撫でする。
『感情や倫理という不合理なバグ(ノイズ)に縛られている限り、君たちは決して真理には辿り着けない。……だが』
神宮司はそこでふと、言葉を区切った。
完璧な機械のように冷徹な彼の声に、ほんの一瞬だけ、奇妙な『感情の残滓』のようなものが混じった。
『――かつて、私もそう思っていた時期がある。……不合理な愛や絆が、システムを超えるのだとね』
「……え?」
くるみが小さく呟く。
効率と支配だけを求める男の口から出た、あまりにも不釣り合いな言葉。
だが、その真意を深掘りする暇すら与えず、神宮司は再び冷酷な支配者の声へと戻った。
ガコンッ……!!
突如、通路の奥にあった分厚い隔壁が、重々しい音を立てて開いた。
その奥から、不気味な青白い光が漏れ出している。
『君たちの不合理な足掻きを、もう少しだけ見てみたくなった。メインサーバーへの道を“特別に”見せてやろう』
それは決して親切ではない。
彼らの脆い絆を試すための罠であり、狂った実験の次のフェーズへの招待状だった。
だが、朝日は拳の血をボロ布で乱暴に拭い取ると、獰猛な笑みを浮かべてその青白い光を睨みつけた。
「……上等だ。お前のその澄ました顔をぶっ飛ばしに、行ってやるよ」
挑発に応える朝日の咆哮が、地下廃都の暗闇に力強く響き渡った。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
いよいよ大台の第60話!
襲い来る亡霊(かつての敗者)たちに対し、武器を捨てて「非殺傷の肉弾戦」で泥臭く活路を開いた朝日。
そして、ついに直接接触してきた黒幕・神宮司。
彼の口からこぼれた「かつて私もそう思っていた」という言葉の真意とは……?
メインサーバーへと続く罠だらけの道へ、チーム・アテナが真っ向から挑みます!
「朝日の素手アクション熱い!」「神宮司の過去が気になる!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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次回も最高の熱量でお届けします!




