バグに侵された廃都と、ナイフ一本の生存戦略
決戦のカウントダウンは、あっという間にゼロになった。
神崎家の地下特別室。
重厚なロード音が響く中、朝日、雪那、くるみの三人は、漆黒のカプセルの中で静かに目を閉じていた。
「準備はいいな、二人とも」
「ええ。神崎の総力を挙げて解析したマップデータは、全て頭に入っていますわ」
「うん……! 絶対にみんなで帰ってこようね」
デバイスから、アテナの澄んだ声が三人の耳元に届く。
『――カウントダウン終了。新システム【セクターG】へ接続します。……ご武運を、マスター』
視界が強烈な閃光に包まれ、強烈な浮遊感が脳を揺らした。
強制転送の光が収まり、朝日は冷たいコンクリートの床で目を覚ました。
「いっつ……。強制ダイブの衝撃、設定バグってねぇか?」
首をさすりながら身を起こした朝日だったが、ふと自分の服装に違和感を覚える。
いつもの戦闘用インナースーツではない。まるで数年間スラムを彷徨ったかのような、薄汚れて所々破れたボロ布(初期装備)に変わっていたのだ。
さらに、腰にあるはずの愛銃『マスタング』の重みもない。
「おいおい、完全な丸腰かよ。……っと、雪那、くるみ! 無事か!?」
朝日が慌てて振り返ると、隣で雪那とくるみが身を起こすところだった。
だが、朝日の動きがピタリと止まる。
「あ、朝日……? ここは一体……って、ちょっと! どこを見ていますの!?」
雪那の顔が一瞬で真っ赤に沸騰した。
無理もない。神宮司の悪趣味な設定のせいで、お嬢様である雪那の服も、くるみの服も、ギリギリの場所が破れた『とんでもなく際どいボロ布』になっていたのだ。
「あわわっ!? は、恥ずかしいよぉ……っ!」
くるみが涙目でしゃがみ込み、必死に胸元とスカートの裾を隠す。
「いや、俺のせいじゃないだろ! にしてもお前ら、すげぇ格好してんぞ……特に雪那、意外と――」
朝日が呑気な声で感想を述べようとした、その瞬間。
『――マスター。淑女をそのようにジロジロと見るのは、深刻なシステム・マナー違反です』
背後から、ひんやりとした女性の声が響いた。
直後、朝日の視界が両側から伸びてきた「手」によって物理的に塞がれる。
「うおっ!? なんだ!?」
『私ですよ、朝日』
朝日の背後から目を塞いでいたのは、黄金の髪をなびかせたアテナのホログラムだった。
「て、テナさん!? お前、ホログラムのくせに物理的に触れるのか!?」
『ええ。ここは神宮司のメインシステム内ですからね。環境データの物理演算に少し干渉して、私に質量を持たせました。……それより、鼻の下を伸ばしている暇はありませんよ。私たちは、最悪の環境に放り出されたのですから』
アテナの手が離れ、朝日はようやく周囲の景色を見渡した。
ひび割れた青空のテクスチャと、赤い非常灯に照らされた、どこまでも続く薄暗い巨大な地下廃都。
彼らは、本当の地獄の底に落とされたのだと理解した。
「……ここ、誰かの家だったのか?」
部屋の中には、ひしゃげたパイプベッドや、ラベルの読めない合成食料の空き箱、そして砂嵐を映し出し続ける旧式のホログラムTVが放置されていた。
まるで、住人が「ある日突然消えてしまった」かのような、不気味な生活感が残っている。
『――空間のスキャンを完了しました』
質量を持ったアテナのホログラムが、部屋の端末に手を触れながら静かに報告する。
『現在地は、メインシステム下層【セクターG・居住区画】。私たちの初期装備およびインベントリは完全にリセットされています。さらに――半径50メートル以内に、自律型の索敵AI【サイバーハウンド】が3体徘徊中。聴覚センサーが極めて敏感です』
アテナから送られた精密なマップデータと敵の配置情報が、雪那のバイザー(初期装備のボロボロのゴーグル)に同期される。
「……なるほど。銃声はおろか、足音一つでも立てればアウトということですわね」
先ほどまで顔を赤くしていた雪那の瞳から、羞恥心が完全に消え去り、氷のようなIGL(司令塔)の顔つきに戻る。アテナの絶対的な情報分析を元に、雪那の頭脳が瞬時に【勝率を跳ね上げる最適解】を弾き出した。
「朝日、キッチン周りの瓦礫を漁りなさい。銃はなくても、刃物くらいは落ちているはずです。くるみは窓際でシールドの展開準備。ハウンドがこの部屋に踏み込んだ瞬間、音を密閉しますわよ」
「了解!」
「はいっ!」
朝日は足音を殺してキッチンへ向かい、崩れたシンクの下から『錆びついたコンバットナイフ』と、未開封の飲料水を数本見つけ出し、ボロ布のポケットに押し込んだ。
ギリッ……ガシャッ……。
その時、アパートの廊下から、金属が軋む重苦しい足音が聞こえてきた。
ドアのない入り口から、ひしゃげた金属の足音と共に、一匹の異形の獣が部屋へ滑り込んできた。
骨格を剥き出しにしたような鋼鉄の身体に、鋭いワイヤーの牙。そして、サーチライトのように部屋の暗がりを舐め回す単眼の赤いセンサーアイ。
神宮司のシステムが生み出した自律型索敵AI、『サイバーハウンド』だ。
ハウンドの赤い光が、瓦礫の陰に潜む朝日のつま先を捉えた。
『ギ……ピピッ!』
敵を認識し、ハウンドが首を上へ向ける。仲間を呼ぶための電子の遠吠え(アラート)を上げようとした、まさにその瞬間だった。
「――今ですわ、くるみ!」
「はいっ! 【ドームシールド】展開!!」
ブゥンッ!!
くるみのデバイスから放たれた青い光の半球が、ハウンドと朝日たちをすっぽりと覆い隠す。
シールドの内側は完全に音が遮断された「密室」。外に音が漏れる心配は一切ない。
『ピガァァァァッ――!!』
ハウンドの遠吠えがドーム内に響き渡るが、同時に朝日の身体はすでに限界まで沈み込んでいた。
「てめぇの鳴き声、うるせぇんだよ!!」
システムのアシストなどない、生身の極限フィジカルによる爆発的な踏み込み。
ハウンドが迎撃の牙を剥くより早く、朝日は逆手に構えた錆びたコンバットナイフを、真っ赤に発光する巨大なセンサーアイのど真ん中へ全力で突き立てた。
ガキンッ! バチバチバチッ!!
「ギガァッ!?」
分厚いレンズが砕け散り、激しい火花とオイルが噴き出す。
視覚と通信モジュールを同時に破壊され、ハウンドは完全に機能不全に陥り、狂ったように鋼鉄の首を振り回した。
だが、朝日はナイフを握ったまま絶対に離さない。
暴れるハウンドの頭部を強引に押さえ込み、野生の獣のような身のこなしでその背後へと回り込む。
『――朝日、首の第三関節。装甲の隙間です』
質量を持ったアテナのホログラムが、ハウンドの首元に「赤いマーカー」を正確に投影する。
「ここかよ……ッ!!」
朝日はセンサーアイからナイフを引き抜くと同時に、アテナが示した首元の隙間へ、体重のすべてを乗せて刃をねじ込んだ。
ゴキリ、と嫌な手応えと共に、ハウンドのメインケーブルと動力コアの接続が完全に切断される。
『ピー……ガガッ……』
断末魔のノイズを漏らし、サイバーハウンドの鋼鉄の巨体が力なくコンクリートの床に崩れ落ちた。
「……ふぅ。一丁上がりだ」
朝日は刃こぼれしたナイフのオイルを払い、大きく息を吐き出した。
「お見事ですわ、朝日。くるみも完璧なタイミングでした」
雪那が瓦礫の陰から立ち上がり、シールドを解除したくるみもホッと胸を撫で下ろす。
『……見事な手際ですが、安心するのはまだ早いです。ハウンドの残骸をスキャンしました』
アテナのホログラムが、事切れた機械の獣の腹部を指差す。
『内部のストレージに、少量の未登録リソースが残存しています。漁って(ルートして)ください』
「マジかよ、こんな鉄クズからアイテムが出るのか」
朝日はハウンドの装甲をナイフでこじ開け、オイルに塗れた内部を探る。
そして、その奥から一つの小さな箱を引きずり出した。
「……こいつは」
箱を開けた朝日の黄金の瞳が、僅かに見開かれる。
中に入っていたのは、見慣れた大口径の鉛玉。愛銃『マスタング』に適合する弾丸が、たった【2発】だけ収められていた。
「弾だ。……たった2発だけだがな」
「弾丸があるということは……この世界のどこかに、私たちの奪われた武器も配置されている可能性が高いですわね」
雪那の瞳に、鋭い光が宿る。
「上等だ。まずは武器を取り戻す。……行くぞ、神宮司のクソ野郎のところへ」
たった一本の錆びたナイフと、2発の弾丸。
最悪のデスゲームに落とされた『チーム・アテナ』の、泥臭くも熱い反逆のサバイバルが、今、静かに幕を開けた。
お読みいただきありがとうございます!
いよいよ始まりました、第二章『MMOサバイバル編』!
ボロボロの初期アバターで放り出された三人ですが、アテナの「質量を持ったホログラム」というチート能力と、雪那のIGL、くるみのシールド、そして朝日の泥臭いナイフアクションで無事に初戦を突破しました!
たった2発の弾丸を手に入れた朝日たち。
広大な廃都で彼らはどうやって武器を取り戻し、生き残っていくのか……!?
「サバイバルの緊張感がたまらない!」「アテナの手挟み最高!」と思っていただけましたら、
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次回もよろしくお願いいたします!




