恩人への報告と、マスタング
ダイブルームの喧騒から逃れるようにして、朝日は学園の最上階へと向かっていた。
無機質な金属とガラスで覆われたこの最新鋭の学園の中で、そこだけが時代遅れの木製のドアで仕切られている。
「入ります」
ノックをしてドアを開けると、アンティーク調の落ち着いた理事長室の中で、白髪の老紳士がティーカップを片手に微笑んでいた。
「……見事な立ち回りだったね、朝日くん」
「理事長……。見ててくれたんすか」
「もちろんだとも。学園中がひっくり返るような大騒ぎだったからね。あの桐谷くんの顔といったら、傑作だったよ」
穏やかに笑う理事長に対し、朝日は深く頭を下げた。
「……ありがとうございました。俺みたいな劣等生が、今日までこの学園から追放されずに済んだのは、きっと理事長が守ってくれていたんですよね」
AIの弾き出す成績がすべてを決めるこの学園において、朝日のような生徒は本来、即座に退学処分になるはずだった。それでも彼が在籍し続けられたのは、この理事長が「特例」として保護していたからに他ならない。
「頭を上げなさい、朝日くん。私はね、AIの導き出す『最適解』だけでは、人類はいつか行き詰まると思っていた。人間が真に進化するのは、泥臭い失敗や、計算外の『エラー』からのみだと思っている」
理事長は目を細め、朝日のまっすぐな瞳を見つめ返した。
「君のその足で、AIの常識を蹴り飛ばしてくれて……本当にありがとう」
その言葉に、朝日は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
『――朝日。感動的なお茶会の最中にごめんなさい。システムからの重要な通知よ』
耳元のデバイスから、相棒であるアテナの声が響く。
「なんだよ、テナさん。空気読めよな」
『空気を読む機能はインストールされていないわ。それより、あなたのデバイスに【初期携行枠】の権限が解放されたの。初のチャンピオン獲得と、ダイヤ帯到達の特権よ』
その言葉に、朝日の目の前にホログラムのメニューが展開される。
ゲーム開始時に、一つだけ好きな武器を持ち込めるエリートたちの特権。他の生徒たちは皆、ここにAIの命中補正が100%かかる『スマートピストル』を登録している。
『オーバースペックな武器はシステム上持ち込めないわ。朝日、何を登録する?』
「決まってんだろ」
朝日は迷わず、武器リストの一番下――『AIアシスト非対応』『反動特大』『装弾数6発』という、システムが最低レアリティのコモンとして判定している旧式リボルバーを選択した。
システム上は最弱。だからこそ、制限に一切引っかからずに持ち込める。
『登録完了。武器名称【マスタング】……まったく、乗りこなす気もないくせに、とんでもない野生馬を選んだわね』
「俺ならこいつの反動ごとねじ伏せられる。俺だけが使える……今日からよろしくな、相棒」
朝日はニヤリと笑い、ホログラムの画面を閉じた。
恩人への報告を終え、新たな相棒を手に入れた朝日は、深く一礼して理事長室を後にする。
しかし、ドアを開けて廊下に出た朝日の足を、冷たい声が引き止めた。
「……いい気になっているようだな、千堂」
廊下の壁に寄りかかり、ギリッと奥歯を鳴らして朝日を睨みつけていたのは、学園トップである【ダイヤⅣ】のエリート――桐谷だった。
彼の後ろには、取り巻きの生徒たちが殺気立った視線で朝日を取り囲んでいる。
「AIのバグで偶然手に入れた偽りのランク……。俺が直々に、お前がただのゴミだということを全校生徒の前で証明してやる」




