絶望の森のバーベキューと、哀れな夜襲
本戦開始から、およそ10時間が経過していた。
空はすでに暗く、広大な『アーク・ルインズ』は、完全な夜の闇と冷気に包まれていた。
「……ハァ、ハァ……クソッ、寒ぃ……腹減った……」
マップ北西の『静寂の森』。
異常発達した巨大なシダ植物の陰で、あるチームの3人が身を寄せ合い、ガタガタと震えていた。
彼らもまた、予選を勝ち抜いてきた上位プレイヤーだ。
だが、新型マシンがもたらす『現実と同等の疲労と痛覚』、そして『72時間ログアウト不可』という狂気のルールは、瞬く間に彼らの精神をゴリゴリと削り取っていた。
少しでも気を抜けば殺されるという極限の緊張感。空腹。睡眠不足の気配。
すでに彼らの目は血走り、疲労困憊でまともに銃を構えることすら難しくなっていた。
「おい、リーダー……あそこ、見ろ」
1人が、木々の隙間から漏れる微かな『光』を指差した。
「……火だ。誰か、焚き火をしてやがる……!」
「バカな!? この状況で火を焚くなんて、ただのマトじゃねえか。……待て、なんかいい匂いがしねえか?」
風に乗って漂ってきたのは、香ばしく肉の焼ける匂いだった。
極限の空腹状態にあった3人は、吸い寄せられるように茂みを掻き分け、その光源を覗き込んだ。
そして――信じられない光景に目を疑った。
「ははっ、マジでこの肉うめえな! 運営の野郎、味覚データの解像度だけは無駄に高けえ!」
「朝日くん、食べすぎ! 私のお肉も残しておいてよ!」
「……まったく、あなたたちは。明日からの安置収縮に向けて、もう少し緊張感を持ったらどうですの?」
焚き火を囲んでいたのは、3人の少年少女だった。
朝日はどこかで狩ってきた環境生物のイノシシ肉を豪快に丸焼きにして齧り付き、くるみは頬を膨らませて怒り、雪那は呆れたように紅茶のカップ(もちろん現地調達のアイテムだ)を傾けている。
それは、血で血を洗うデスゲームのど真ん中とは到底思えない、あまりにも平和な『バーベキュー』の光景だった。
(……イカれてやがる。こんな無防備な奴ら、さっさと殺してあの肉と物資を奪うぞ!)
疲労と飢えで思考が鈍っていたリーダーは、ハンドサインで味方に指示を出した。
3方向からの同時奇襲。
彼らは足音を完全に殺し、食事に夢中になっている3人に向けて、一斉にアサルトライフルの銃口を向け――引き金を引こうとした。
「――遅いですわね」
ふと。
紅茶を飲んでいた雪那が、視線をこちらへ向けた。
いや、違う。彼女は最初から『こちらが茂みに潜んでいたこと』に気づいていたような、ひどく冷たい瞳をしていた。
「くるみ」
「うんっ!」
ブゥンッ!!
銃弾が放たれるコンマ数秒前。くるみの手から展開された青いドームシールドが、焚き火と3人をすっぽりと覆い隠し、奇襲の銃弾をすべて弾き返した。
「なっ……!? バレて――」
リーダーが驚愕の声を上げた時には、すでに『獣』が解き放たれていた。
「……わりぃな。食事の邪魔されるのが、1番ムカつくんだわ」
シールドの境界線を抜け出し、闇夜の中からぬっと現れた朝日の影。
その手には、大口径リボルバー『マスタング』が鈍い光を放っている。
「ヒッ――!」
「あの距離から、俺たちの足音も匂いも殺した完璧な奇襲だっただろ!? なんで――」
「理由? そんなもん、お前らの殺気が『うるさすぎた』からに決まってんだろ」
ズガァンッ!! ズガァンッ!!
静寂の森に、落雷のようなマスタングの咆哮が連続で響き渡る。
常人離れしたリストで反動を完全に殺した朝日の凶弾は、瞬きする間に敵3人の脳天を正確に撃ち抜いていた。
『――【チーム・アテナ】が【チーム・シグマ】を全滅させました』
光の粒子となって消えていく敵プレイヤーたちを一瞥し、朝日はふうっと短く息を吐いてマスタングを回し、ホルスターに収めた。
「朝日。接敵から処理まで5秒。私の想定より0.3秒遅いですわよ」
シールドを解除した雪那が、チクリと嫌味を言う。
「悪ぃ悪ぃ。肉の焼ける匂いで、ちょっと鼻が鈍ってた」
朝日は頭を掻きながら焚き火の前に戻り、再び肉の塊に齧り付いた。
「さてと。食うもん食ったら、交代で見張り立てて寝るぞ。明後日の安置収縮からが本番だ」
世界中の猛者たちが恐怖と疲労に怯える長い夜。
バケモノに仕上がった3頭の獣たちは、満腹の腹を抱え、暖かな炎の前で静かに眠りにつくのだった。




