圧倒的な蹂躙と、絶望のサバイバル
風を切り裂き、巨大な工業地帯『第4放棄プラント』に三つの影が舞い降りた。
錆びついた巨大な冷却塔、入り組んだパイプライン、そして無数に交差するキャットウォーク。射線が極めて通りにくく、死角だらけのこのエリアは、プレイヤーの『戦術理解度』が最も試される場所だ。
ドスッ、と重い着地音が響く。
五感に伝わる鉄の匂いと、足の裏から伝わる硬い金属の感触。
だが、そのリアルさに感動している暇はない。彼らと同じエリアには、他3チーム――計9名の敵プレイヤーが降下していた。
「――接敵。前方キャットウォーク上に2名、右のパイプ陰から1名裏取りに動いていますわ」
着地と同時。雪那の氷のように冷たく、完璧なIGLが飛んだ。
「くるみ、前方10メートル、コンテナ横にドーム展開。朝日は右の裏取りを処理後、ドームを経由して上の2名を落としなさい」
「了解!」
「任せろ」
一切の無駄がない動き。
かつては敵の姿を見てから怯えていたくるみが、一切の躊躇なく前線へ駆け上がり、敵の射線が通るコンテナの横でシールドデバイスを起動する。
ブゥンッ!
半透明の青いドームシールドが展開された瞬間、敵からの激しい銃撃がシールドに弾かれる。
だが、そのドームは『敵からの射線を防ぐ』と同時に、『右から回り込もうとしていた敵一名を孤立させる』という完璧な分断位置に展開されていた。
「なっ……!?」
味方からのカバー射線をドームで塞がれ、孤立した敵プレイヤーが焦りの声を上げた瞬間――その背後に、朝日の影が滑り込んでいた。
「どうした? 動きに『理由』がねえぞ」
「ヒッ――!」
ズガァンッ!!
朝日の手にする愛銃、大口径リボルバー『マスタング』が火を噴き、敵が光の粒子となって吹き飛んだ。
常人なら腕を破壊されかねない凶悪な反動。それを朝日は強靭なリストで完璧にねじ伏せ、次弾を装填する。
野性の直感だけで動いていたかつての朝日はもういない。アテナに叩き込まれた『最短・最適解のロジック』と、元来の『獣のフィジカル』が完全に融合している。
朝日はそのまま足を止めず、くるみの展開したドームシールドの中へ滑り込む。
ドームの持続時間は残り2秒。
上空のキャットウォークからドームの解除を待っていた敵2名に対し、朝日はシールドが消滅するコンマ一秒前に飛び出し、空中でマスタングを構えた。
「――遅ぇよ」
ズガァンッ!! ズガァンッ!!
空中で放たれた、無慈悲な2発の凶弾。
マスタングのえげつない反動を空中で制御するなど、本来なら絶対に不可能な芸当だ。だが、朝日はそれを顔色一つ変えずにやってのけた。上空の2名は反撃の引き金を引くことすらできず、頭を撃ち抜かれて崩れ落ちた。
「残り2チーム。左翼のプラント内部で足音が交戦中……いえ、こちらに気づいて同盟を組もうとしていますわね」
雪那が冷静に戦況を読み上げる。
「無駄ですわ。――くるみ、朝日の右斜め前で盾を展開しながらプッシュ。朝日、そのまま面制圧で押し潰しなさい」
「うんっ!」
「っしゃあ!!」
そこからは、まさに一方的な蹂躙だった。
雪那が敵の行動を完璧に予測して退路を塞ぎ、くるみが一歩も引かない鉄壁のドームファイトで敵のペースを乱し、朝日が一切の慈悲なく命を刈り取る。
『――【チーム・アテナ】が【チーム・レッドハウンド】を全滅させました』
『――【チーム・アテナ】が【チーム・ガンマ】を全滅させました』
『――【チーム・アテナ】が【チーム・オーガ】を全滅させました』
システムアナウンスが響き渡る。
降下から、わずか3分。
第4放棄プラントに降り立った9名の猛者たちは、朝日たちに傷一つ負わせることすらできず、完全に『すり潰されて』いた。
「……ふう。初動の掃除はこんなもんか。物資漁るぞ」
朝日は銃身の熱を冷ましながら、何事もなかったかのようにストレッチをしている。
くるみも息一つ乱さず、落ちているアタッチメントを手際よく回収していた。
その時だった。
空を覆う灰色の雲が割れ、戦場全体に響き渡るような巨大なシステムアナウンスが鳴り響いた。
『――全プレイヤーに告ぐ。本戦の追加ルールを解禁します』
それは、神宮司の意思を代弁するかのような、無機質で冷酷な声だった。
『本マッチはこれより3日間(72時間)、同一マップにて継続されます。その間、現実へのログアウトは一切不可。痛覚、疲労度、空腹などのパラメータは現実と同等に設定されています。
なお、安全地帯の収縮は、3日目の朝から開始します。
己の命を懸けて、極限のサバイバルをお楽しみください』
そのアナウンスが終わった瞬間、島中の至る所から、他のプレイヤーたちの絶望の叫びが木霊した。
「ふざけんな! 3日間ぶっ通しだと!?」
「ログアウト不可!? 精神がもつわけないだろ!」
「痛覚も疲労もリアルって……このままじゃ過労死するぞ!!」
ただでさえヒリつくような戦場で、一睡もせずに神経をすり減らし続ける。それはもはやゲームではなく、真綿で首を絞められるような拷問だった。
他チームのプレイヤーたちが顔面を蒼白にさせる中――
第4放棄プラントの片隅。
返り血を浴びた朝日は、ぽかんとした顔で雪那とくるみを見つめていた。
「……なぁ。今、アイツなんて言った?」
「72時間、ログアウトなしのサバイバルだそうですわ」
雪那が、どこか拍子抜けしたような声で答える。
「……たったの3日?」
くるみもパチクリと瞬きをしている。
「私たち、寝てる間ずっとゴーストと戦い続けて……あれって体感時間で『3年』くらいだったよね?」
3人は顔を見合わせた。
そして、堪えきれないように同時に吹き出した。
「ハハハッ! マジかよ、たった3日ぽっちのサバイバルか! あの地獄の特訓に比べりゃ、ただのピクニックじゃねえか!!」
朝日は腹を抱えて笑い転げた。
「ええ、本当に。運営も随分と甘いルールを設定してくれますわね。これなら、お肌のゴールデンタイムにはしっかり睡眠が取れそうですわ」
「うんうん! ちょうどいいキャンプ場、探しに行こっか!」
世界中から集まった猛者たちが絶望に打ちひしがれる中。
『本物のバケモノ』へと変貌した三頭の獣だけが、この狂ったゲームルールの中で、心からの強者の笑い声を響かせていた。




