覚醒の朝と、決戦前夜の休息
プシューッ……。
オフグリッドのボロ屋に並べられた三台のフルダイブ用カプセルが、重々しい排気音と共に一斉に開いた。
「……っ」
朝日はゆっくりと身を起こし、首の骨をゴキリと鳴らした。
隣のカプセルからは雪那が優雅に、しかし確かな疲労を滲ませて起き上がり、くるみもまた、大きく伸びをしてカプセルの縁に手をついた。
「……生きて、戻ってこれたな」
朝日の言葉に、2人は静かに笑った。
現実の時間では、季節が一つ巡っただけだ。
しかし、睡眠ディープダイブによって彼らの脳髄に叩き込まれた時間は『3年』。75人の猛者たちのゴーストを相手に、文字通り血反吐を吐きながら戦い続けた途方もない時間。
「ええ。最後の方なんて、あのゴーストたちの動きがスローモーションに見えましたわ」
雪那の瞳には、かつての傲慢さとは違う、研ぎ澄まされた日本刀のような鋭い自信が宿っていた。
「うん。ドームファイトのタイミングも、もう絶対に外さない。体が、全部覚えてる」
くるみもまた、以前のオドオドした態度は消え去り、真っ直ぐに前を見据えている。
3人の間には、もはや言葉以上の絶対的な信頼が構築されていた。野性と完璧なロジックを融合させた、圧倒的なバケモノたち。
「よし。明日はついに世界大会の本戦だ。今日は一日、完全にフルダイブは禁止! 各自、好きなように過ごして英気を養え」
「ええ、了解しましたわ」
「うん、また明日ね!」
こうして3人は、決戦前の最後の一日を、それぞれの現実で過ごすことになった。
――神崎財閥、本邸。
「雪那……本当に、本当に出るつもりなの? もし負けて、あなたまでNPCになってしまったら……!」
豪奢な応接室で、雪那の両親は青ざめた顔で娘にすがりついていた。
無理もない。世界大会は全世界に中継される最高のエンタメであると同時に、敗者は意識を奪われる最悪のデスゲームへと変貌しているのだ。財閥の令嬢が自ら赴く場所ではない。
しかし、雪那は淹れたての紅茶を優雅に一口飲むと、両親に向けてふっと柔らかく微笑んだ。
「お父様、お母様。ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが……私には今、背中を預けられる『最高の仲間』がいますの」
「雪那……」
「神崎の娘としてではなく、神崎雪那として、絶対に勝ち上がってみせますわ」
その毅然とした、しかし温かさを持った娘の横顔に、両親はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。
――同刻、都内の神社。
「……んっ、日差しが気持ちいい」
くるみは一人、石段を登っていた。
以前の彼女なら、休みの日にわざわざ外に出るなどあり得なかった。しかし、裏山での過酷なフィジカル特訓を経た今の彼女にとって、外の空気は驚くほど美味しく感じられた。
(2人とも、お守りとか信じるタイプじゃないかもしれないけど……)
社務所に並ぶ色鮮やかなお守りを見つめながら、くるみは小さく笑う。
自分のためではない。朝日と雪那、3人が絶対に無事で帰ってくるための祈り。
彼女は「必勝」と書かれたお守りを3つ、大切そうに両手で包み込んだ。
――そして、夕暮れの裏山。
茜色に染まる空の下。朝日は、かつて両親とキャンプをした思い出の場所に座り、風に揺れる木々を眺めていた。
傍らには、黄金の髪を夕日に輝かせるアテナが実体化して寄り添っている。
「……いよいよ、明日だな」
『ええ。あなたのバイタル、脳波、そして思考ロジック。すべてが完璧な数値に仕上がっています』
「お前のおかげだ、テナ」
朝日はふと、空を見上げた。
「親父とお袋がこの大会に出てた頃は、まだこんなイカれたデスゲームじゃなかったはずだ。AI開発者のあの2人が、わざわざプレイヤーとして参加してまで……この『ゼニフロ』の裏側で何を見つけ、何をしようとしてたのか」
『……』
「でも、明日すべてをぶっ壊して勝ち上がれば、その答えに手が届く。神宮司の野郎の元まで、必ず辿り着く」
アテナは朝日の横顔をじっと見つめ、そして、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
『……ええ。今のあなたたちなら、必ず届きます』
風が吹き抜け、木々のざわめきが明日へのファンファーレのように鳴り響く。
三人の少年少女は、それぞれの思いを胸に、決戦の朝を静かに待っていた。




