熱狂の開戦と、舞い降りた三頭の獣
『――さあ、全世界のZENITH FRONTIERファンの皆様! 大変長らくお待たせいたしましたァッ!!』
全世界同時生中継。
煌びやかなネオンと数億人のアバターがひしめき合う巨大なバーチャルスタジアムに、超有名実況Vチューバーの絶叫が響き渡る。
『半年のインターバルを経て、ついに本戦が開幕! 予選を生き残った猛者たちが、最強の座を懸けて激突します! 世界最高峰の殺し合いに、瞬きは厳禁です!!』
鼓膜を破らんばかりの大歓声。世界中がこの熱狂の渦に巻き込まれていた。
しかし、その喧騒から遠く離れた現実世界――神崎財閥本邸の地下特別室は、水を打ったような静寂に包まれていた。
「……これが、半年の間に運営から新たに送りつけられてきた『本戦専用』の新型マシンか」
朝日は、部屋の中央に鎮座する三台の漆黒のカプセルを見下ろした。
以前の予選用マシンよりもさらに重厚で、まるで人間を閉じ込める『棺』のような不気味なフォルムをしている。
「ええ。神崎家の技術班と最新鋭AIを総動員して解析を試みましたが……見事なまでのブラックボックスですわ。おそらく、脳波への干渉レベル(リンク)が予選の比ではありません」
雪那が忌々しそうにカプセルの縁を撫でる。
この新型の向こう側で、神宮司が自分たちを嘲笑って待っている。敗北すれば、今度こそ確実に自我をシステムに喰われるだろう。
その重苦しい空気の中、くるみが二人の前にちょこんと進み出た。
「あの……これ」
彼女の小さな掌には、三つの『必勝』と書かれたお守りが握られていた。
「くるみ、これは……?」
「昨日、神社で買ってきたの。……三人、お揃い。私、絶対に二人を守るから。だから、絶対一緒に帰ってこようね」
はにかむような、けれど芯の強い笑顔。
朝日はふっと笑みをこぼし、そのお守りを一つ受け取ると、自分のカプセルの認証端末にしっかりと結びつけた。雪那もまた、大切な宝物を受け取るように両手でそれを受け取る。
「ありがとう、くるみ。……さあ、行きましょうか」
雪那の言葉に、三人は頷き合い、得体の知れない漆黒の棺へと一切の躊躇なく身を横たえた。
『――バイタル正常。新型カプセルの脳波リンク、開始します。……武運を、朝日』
網膜にアテナの静かな、けれど祈るような声が響く。
「行ってくるぜ、親父、お袋」
朝日は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「――リンク・トリガー!!」
――世界大会、本戦待機ロビー。
そこは、世界中から集められた40チーム、計120名の『バケモノ』たちがひしめき合う、異様なプレッシャーに満ちた空間だった。
談笑する者はいない。誰もが他者を値踏みし、殺意と闘気を隠そうともしていない。
「……おい、ハル。見ろよ」
ロビーの一角。壁に寄りかかっていたキョウが、顎で入り口の転送ゲートを刺した。
腕組みをして目を閉じていたハルが、ゆっくりと目を開ける。
ゲートの光が収まり、そこに3人のプレイヤーが姿を現した。
朝日、雪那、くるみ。
その3人がロビーに足を踏み入れた瞬間――周囲の空気が、凍りついたように重くなった。
(……なんだ、あいつら?)
ハルは目を細めた。
半年前の、あの荒削りな勢いじゃない。
一切の無駄がない歩き方。隙のない視線の配り方。それでいて、内側にはいつでも暴発しそうな獣の飢えを隠し持っている。
まるで、何千回、何万回と『死線』をくぐり抜けてきた熟練の暗殺者のような、異様なオーラ。
あの朝日の隣で、いつもオドオドと盾の後ろに隠れていたくるみでさえ、今は周囲の猛者たちを射抜くような冷たく、静かな瞳をしている。
「……フッ。面白え」
キョウは口角を吊り上げた。
「たった半年で、どうやってそこまで仕上げたのかは知らねえが……最高の獲物になって帰ってきたじゃねえか、朝日」
ロビーの猛者たちが、警戒と殺意の入り混じった視線を3人に突き刺す。
しかし朝日は、そんなプレッシャーなど微塵も感じていないかのように、ただ真っ直ぐにハルを見据え、不敵な笑みを返した。
『――全プレイヤーの転送が完了しました。これより、本戦第一試合を開始します』
無機質なシステムアナウンスと共に、ロビーが眩い光に包まれる。
三年分の地獄を乗り越えた三頭の獣が、ついに世界の頂点へと牙を剥いた。




