敗北の残り火と、星降る夜の誓い
「……っ、はぁっ!」
雪那の屋敷の巨大なフルダイブルーム。
視界が暗転し、強制ログアウトのシステム音声と共に現実へ引き戻された朝日は、弾かれたようにデバイスを頭から外した。
隣のシートでは、雪那とくるみが荒い息を吐きながら、まだ震える手を強く握りしめている。
『――臨時ニュースです。本日開催されていたeスポーツのVR大会にて、参加者75名が突如意識不明の重体に陥るという異常事態が……』
部屋の壁面に映し出されたモニターから、冷たいニュースキャスターの声が流れてきた。
3人の動きがピタリと止まる。
(意識不明……。俺たちが、あのゲームで『NPC』にした奴ら……)
ゲームの中での「敗北」が、現実世界では「昏睡」として処理されている。
他者の自我を消し去って生き残ったという罪の重さ。そして、ハルたちに見せつけられた残酷なまでの実力差。都市部の完璧なネットワーク環境の中にいると、その重圧で息が詰まりそうだった。
「……ここを出よう。俺の家に行くぞ」
朝日は立ち上がり、静かに、しかし有無を言わさない声で二人に告げた。
雪那の手配した車で都市部を抜け、舗装されていない山道へと入る。
少しだけ肌寒い、湿った土と木々の匂いが朝日の鼻をくすぐった。都市の喧騒から遠く離れた山間にひっそりと建つ、古い木造の一軒家。ここが朝日の「家」だ。
『――都市部メインネットワークからの切断を確認。これより、アテナは完全ローカルモードへ移行します』
「おう。今日もご苦労さん、テナさん」
この家周辺は、AIのネットワークが一切届かない「オフグリッド」の領域だ。誰の目も、AIの予測演算も届かない、彼だけの絶対的な聖域。
車を降りた朝日は、わざとらしく両手でパンッ! と自分の頬を叩いた。
「よっしゃ! 嫌な空気はここまでだ! 2人とも、荷物置いたら裏山に行くぞ! 焚き火して、俺が最高に美味いコーヒー淹れてやるからさ!」
ニカッと、いつもの太陽のような笑みを浮かべる朝日。
しかし、その背中が微かに震えていることに、雪那とくるみは気づいていた。誰よりも自分たちの無力さに打ちのめされ、他者の命を背負った重圧に押し潰されそうになっているはずの彼が、必死に「リーダー」として振る舞おうとしているのだ。
2人は顔を見合わせ、ただ静かに頷いて彼の背中を追った。
裏山の、開けたキャンプスペース。
二本の太い木の間に色褪せたハンモックが揺れ、頭上には都市部では絶対に見られないほどの満天の星空が広がっている。
パチパチと爆ぜる焚き火の音だけが、静寂を優しく埋めていた。
朝日から手渡された温かいマグカップを両手で包み込み、少しの沈黙の後、雪那が静かに口を開いた。
「……無理、しなくていいですわよ。朝日」
炎の揺らめきを見つめながら紡がれたその一言に、朝日の肩がビクッと跳ねる。
「あのハルという男……それに、あのチーム。今のままじゃ、私たちは到底敵わない。それが悔しくて、恐ろしいのは……私たちも同じですわ」
「……」
朝日は持っていたマグカップを地面に置き、ギリッと奥歯を噛み締めた。
底抜けに明るい仮面が崩れ落ち、泥臭くて、負けず嫌いな本来の彼の顔が覗く。
「……ああ、クソッ……! 悔しいに決まってんだろ。俺たちの命懸けが、あいつらにとっちゃただの『お膳立て』だった。このままじゃ、絶対に勝てねぇ」
朝日は立ち上がり、頭上の星空を力強く睨みつけた。
「でも、立ち止まってる暇はねぇんだ。勝って世界大会を生き抜いて……絶対に、あいつら全員を元に戻す。そのためなら、なんだってやってやる」
その決意の言葉に、雪那とくるみも強く頷き、立ち上がった。
「テナさん。起きてるか」
朝日はポケットから自身のデバイスを取り出し、親代わりである専属AIに声をかけた。
『ええ、朝日。ローカルモードでも、あなたのサポートに制限はないわ』
「雪那とくるみのAIと、テナさんを【ローカル・エリア・ネットワーク】で繋いでくれ。今回の戦闘データを統合して……今の俺たちに足りないものを、AIの視点で容赦なく洗い出してほしい」
朝日の指示に応え、雪那とくるみのデバイスも淡く発光する。
3機の専属AIが、オフライン環境下で一時的にリンク(同期)した。静寂の森の中、アテナの冷静で、しかしどこか親としての厳しさを帯びた声が響く。
『分析完了。……はっきり言うわね。あなたたちの連携は最高になった。けれど、個人の基礎スペックがハルたちのチームに遠く及んでいないわ』
アテナのホログラムが、3人の前に厳しいデータを突きつける。
『特に朝日。あなたは反射神経こそハルと同等だけど、全てを「本能」に頼りすぎているから無駄が多い。必要なのは、極限状態でも最適解を導き出す【理詰めの戦況支配】よ』
「……理詰めの、戦況支配」
『ええ。本戦までのインターバル期間。この裏山を使って、徹底的に身体と脳を鍛え直すわ。……地獄を見る覚悟はできているかしら?』
「上等だ。やってやるよ」
パァン! と、焚き火の薪が大きく爆ぜる。
AIの監視が届かない絶対の聖域で、3人の「最強を超えるための特訓」が、今静かに幕を開けた。




