一発の重みと、処刑部屋
激しい銃声が交差する市街地エリア。
朝日たちは、他2パーティ(計6名)が入り乱れる三つ巴の激戦の渦中にいた。
「左の建物の2階、ワンダウン取りましたわ!」
雪那の凛とした声が響く。彼女のライフルのスコープには、別パーティの残る一人がパニックに陥り、遮蔽物に逃げ込もうとする姿がはっきりと映っていた。
クロスヘアの中心に、敵の頭部を捉える。
人差し指にかかるトリガーの重さは、システム上はわずか数百グラムしかない。だが、今の雪那にとって、それは一人の人間の『自我』を消し去るための、鉛のように重いスイッチだった。
(……この指を引けば、あの人はNPCになる)
脳裏に一瞬だけ、大会受付で虚ろに笑っていた男の顔が過る。
しかし、雪那はギリッと奥歯を噛み締め、スコープから目を逸らすことなく、短く息を吐き出した。
(でも、私はもう躊躇しない。くるみと、朝日を守るために!)
「――貫きますわ」
パンッ!!
乾いた銃声が戦場を引き裂く。放たれた一発の弾丸は、一切の迷いなく一直線に飛び、敵の頭部アーマーを粉砕した。光の粒子となって消滅する敵の姿を見届け、雪那は微かに震える手を強く握り直した。
「ナイスカバー、雪那! 残りの部隊は俺が片付ける!!」
「朝日さん、前方にシールド張りますっ!」
くるみの展開したシールドを足場に、朝日が前線へと跳躍する。覚悟を決めた3人の連携に、もはや一切の隙はなかった。
規格外のフィジカルで敵の射線を掻き潜り、マスタングの重たい連撃が最後の一人を撃ち抜く。
『部隊壊滅――残り8部隊』
「……はぁっ、はぁっ……! おっしゃ、終わったぞ」
朝日は荒い息を吐きながら、周囲の警戒を解いた。
2パーティを相手にした死闘を制したものの、代償は大きかった。3人ともアーマーはボロボロで、回復アイテムも弾薬も底を尽きかけている。
「朝日さん、雪那さん……あそこに、救援物資の小屋があります!」
くるみが指差した先、廃墟の陰にひっそりと佇む怪しげな物資庫が見えた。通常なら罠を警戒すべきだが、満身創痍の今の彼らに選択肢はない。
「警戒しながら行くぞ。……てなさん、周囲の生体反応は?」
『プレイヤーの反応はゼロよ。でも、何か嫌な予感がするわ……気をつけて』
3人は息を殺し、薄暗い物資庫の中へと足を踏み入れた。
部屋の中央には、見たこともないほど豪華なクレートが置かれている。しかし、そこに近づいた朝日の足がピタリと止まった。
クレートの上に、血のような赤い光を放つホログラムの文字列が浮かび上がっていたのだ。
「……なんだよ、これ」
朝日は、その不気味な文字列を声に出して読み上げた。
『――強き者(生き残る価値のある者)以外に物資は与えない』
直後、小屋の壁面にズラリと並んでいた「無機質なオブジェ」の瞳が一斉に赤く発光する。
ガチャン、ガチャン! と重い金属音を響かせ、壁から分離したそれらは、ただの装飾ではなく――両腕に重機関銃とプラズマ砲を搭載した、殺戮用のAIロボットだった。
さらに部屋の奥からは、それらを統括する一回り巨大な重武装のボス機体が姿を現す。
「罠ですわ!! くるみ!」
「はいっ!! 【ドームシールド】最大展開!!」
雪那の叫びと同時。
全AIロボットの銃口が3人に向けられ、鼓膜が破れるほどの爆音と共に、圧倒的な火力の暴雨が放たれた。
ドドドドドッ!! ズガァァァンッ!!!
「きゃあああっ!?」
逃げ場のない密室での十字砲火。くるみが展開した最強の盾であるはずのドームシールドが、異常なDPS(火力)を叩き込まれ、たった数秒でメキメキとひび割れていく。
(ふざけんな、対人戦(PvP)のゲームバランスじゃねぇ! 完全に俺たちを『殺し』にきてやがる……!)
「くるみ、シールドの出力を一点に絞れ! 雪那は俺の後ろからボスのセンサー眼だけを狙え!」
朝日は咄嗟に指示を飛ばすと、自らドームの外――超火力の弾幕の中へと躍り出た。
「朝日さん!?」
システム上の限界速度を超えた、規格外のフィジカル。
朝日は床を蹴り砕く勢いで跳弾の雨を躱し、時に自らのアーマーを削りながらも、全てのAIのヘイトを強引に自分へと向けさせる。
「こっちだポンコツ共!!」
朝日の決死の囮によって火線がブレた一瞬の隙。雪那のライフルが冷徹に火を噴き、巨大ボスのメインセンサーを正確に撃ち抜いた。
『ピガァァッ……! ――システム、エラー』
ボスの巨体が大きく体勢を崩す。
(いける……! ここで、コアを!)
朝日は満身創痍の身体に鞭を打ち、ボスの剥き出しになった胸部コアへ向けてマスタングを構え、最後の一歩を踏み込んだ。
――まさに、その瞬間だった。
ドシュォォォォンッ!!!
小屋の壁を外からぶち抜くような、常軌を逸した初速の『狙撃』。
それは朝日の頬を掠め、彼が撃とうとしていたボスの胸部コアを、寸分の狂いもなく粉砕した。
「なっ……!?」
驚愕して立ち尽くす朝日の目の前。
崩れ落ちる巨大ボスの残骸を飛び越え、開いた天井の穴から一人のプレイヤーが軽やかに着地した。
そして、そのプレイヤーの背後から、眠たそうな声が響く。
『ふにゃ〜、晴くぅん。トラップ、展開したよぉ〜』
『おせえよカス。さっさと残りの雑魚(AI)片付けるぞ』
毒舌と共に放たれた次弾が、残っていたAIロボットたちを瞬く間にスクラップに変えていく。
唖然とする朝日たちの前で、リーダーらしき男――『日向 晴』は、満面の笑みを浮かべて朝日へと駆け寄ってきた。
「すっげえええ!! 今の飛び出しとヘイト管理、めちゃくちゃ熱かったよ!! 君たちが命懸けで隙を作ってくれたおかげで、一発で仕留められた! 本当にありがとう!!」
一切の嫌味がない、100%の称賛と、太陽のように眩しい笑顔。
泥水に塗れ、人をNPCにする罪の意識すら乗り越えて作った最大のチャンス。それを「最高のパス」として完璧に処理された挙句、悪意すらなく感謝される。
自分たちの全力が、彼らにとってはただの『アシスト』に過ぎなかった。
底知れない実力差と、決して憎むことのできない男のカリスマ性を前に、朝日はただ、呆然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。




