投降と罪
第2マッチのマップへと強制ダイブさせられた直後。
廃墟エリアの片隅に身を潜めた3人の間には、これまで経験したことのない重く冷たい沈黙が落ちていた。
「……私たちが先ほど倒したチーム……本当に、NPCになってしまったんですのね」
雪那が、自らのライフルを握る手を微かに震わせている。
「嫌です……。私たちが、誰かの心を壊しちゃうなんて……」
くるみも膝を抱え、今にも泣き出しそうな顔で俯いていた。
eスポーツという競技の枠を超え、敗者の『自我』を殺すデスゲーム。
その異常すぎる現実を前に、二人の精神は限界に近かった。
「……てなさん。現状で分かってる異常のログはあるか?」
朝日は努めて冷静な声で、脳内の専属AIに問いかける。
『……ダメね。外部への通信は完全に遮断されてる。痛覚のフィードバック設定も上限が外されていて、ゲーム内のダメージがそのまま現実の脳に伝わる仕様になってるわ』
朝日はギリッと奥歯を噛み締めた。
その時だ。
「前方から1部隊、歩いてきますわ。……二人です」
誰よりも早く察知した雪那が、条件反射でライフルのスコープを覗き込む。
しかし――その指は、引き金にかかったまま硬直していた。
「手を、挙げています……。武器も構えていませんわ」
相手はジリジリと距離を詰めてくる。
やがて、お互いの肉声が届く距離になった時、男の一人が悲痛な声で叫んだ。
「撃たないでくれ! 手を組まないか!?」
男たちは足元に武器を放り投げ、両手を高く上げて降参の意思を示した。
「俺たちも、さっき戦った相手がNPCになっちまった現実が受け止められないんだ! このままじゃ、お互い誰かの命を奪うことになる! 何かいい考えが浮かぶまで、情報を共有して生き残る確率を上げたいんだ!」
悲痛な叫び。それは、今の雪那やくるみが抱いている『罪悪感』と全く同じものだった。
(……この人たちも、私たちと同じように苦しんで……)
雪那の顔に迷いが生じる。くるみもどうしていいか分からず、オロオロと朝日を見つめた。
「……事情は分かった。とりあえず、武器を拾うなよ」
朝日はそう言いながら、警戒を解いたように相手の元へと駆け出した。
降伏した二人の男の口角が、一瞬だけ歪な弧を描いた――その直後。
朝日の視界に、真っ赤なアラートウィンドウが乱立する。
『――朝日!! 雪那の後ろ!!!』
てなの絶叫が脳内に響き渡った。
(しまった……!! 3人1組で、1人欠けてるのを勝手に『死んだ』と思い込んで――!)
二人が陽動を引き受け、残る一人が息を殺して極限まで大外から回り込んでいたのだ。
「えっ――」
雪那が背後の気配に気づいた時には、すでに死神の銃口が彼女の背中に突きつけられていた。
ほぼゼロ距離からの、無情なショットガンの発砲。
コンマ何秒の反射神経。雪那は咄嗟に自らのライフルを盾にするように背中へ回した。
ガァンッ!! という爆音と共に、ライフルの銃身がひしゃげ、雪那の身体が吹き飛ばされる。
「きゃあああっ!?」
「雪那!!」
全弾直撃こそ免れたものの、アーマーは一瞬で粉砕され、雪那のHPバーが危険域へと突入する。
それを皮切りに、降伏のポーズをとっていた正面の二人が隠し持っていたサブウェポンを引き抜き、朝日へと襲いかかった。
「騙されやがって! まずは一人――ッ!?」
男の嘲笑は、最後まで続かなかった。
激昂した朝日の身体が、システム上のリミットを突破してブレる。
踏み込みと同時。朝日の放った『マスタング』の連撃が、二人の頭部を文字通り『一瞬』で吹き飛ばしていた。
「なっ……!?」
信じられないものを見たように、背後に回り込んでいた最後の一人が後ずさる。
「雪那さん!!」
くるみが半狂乱で『ドームシールド』を展開し、倒れた雪那を庇うように銃を構えた。
だが――撃てない。
今ここで自分が引き金を引けば、この男は現実世界で『自我』を失う。その死の重圧が、少女の指を硬直させていた。
「くそっ、撃てるわけねぇよな! お嬢ちゃんたちにはよォ!!」
男が醜悪な笑みを浮かべ、ドームシールドを破壊しようとリロードを急ぐ。
くるみが目を強く瞑った、その瞬間。
「――なら、全部俺が背負ってやるよ」
ドーム内に、凄絶な怒りを纏った朝日が飛び込んできた。
一切の躊躇はない。
朝日は男の顔面にマスタングの銃口をねじ込み、冷酷に引き金を引いた。
パーンッ、と。
無機質な破裂音と共に、男のHPがゼロになり、光の粒子となって消滅する。
後に残されたのは、圧倒的な静寂と。
仲間のために『自我を殺す』という罪をたった一人で被り、静かに銃を下ろす朝日の背中だけだった。




