底なしの闇と、敗者の末路
『――速ヤカニ、ダイブポッドヘト帰還シテクダサイ』
無機質なアラートが鳴り響く控室。
先ほどまでの勝利の余韻は完全に消え失せ、室内には異様なまでの緊張感が張り詰めていた。
「どうしますの、朝日……。あのデバイスには、確実に何か『致命的な仕掛け』が隠されていますわ」
雪那が震える声でポッドを見つめる。
「でも、ここでダイブしなかったら……私たちも、あのNPCみたいにされちゃうんでしょうか……?」
くるみが涙目で朝日の袖をきつく握りしめた。
「……行くしかねぇよ。敵の懐に飛び込まなきゃ、親父たちの手がかりも、このゲームの正体も何もわからねぇ」
朝日は自らのスマートデバイスに視線を落とす。そこには、険しい表情を浮かべた専属AIのアテナがいた。
「てなさん。ダイブ中、お前は俺たちのバイタルと脳波を全力でプロテクトしろ。少しでも異常な信号が来たら遮断するんだ」
『任せて。私の全リソースを懸けて、あんたたちを守り抜くわ』
「頼りにしてるぜ」
3人は覚悟を決め、再び漆黒のダイブポッドへと身を横たえた。
***
視界が晴れると、そこは第2マッチのロビーだった。
しかし、周囲の様子が明らかにおかしい。
「おい、どうなってんだよ! ログアウトボタンがグレーアウトして押せねぇぞ!」
「運営! 早く出せ! うちのリーダーがさっき負けてから戻ってこないんだ!」
勝ち残ったプレイヤーたちがパニックに陥り、虚空に向かって怒号を飛ばしている。
その時だった。
空を覆うほどの巨大なホログラムモニターが突如として出現し、待機島全体を血のような赤色に染め上げた。
『――勝ち残った優秀なプレイヤーの皆様。第2マッチの開始に先立ち、今大会の【真のルール】をご説明いたします』
モニターに映し出されたのは、ノイズに塗れた仮面のホログラム。
そして次の瞬間、画面が切り替わり――各国の予選会場で『受付業務』や『清掃業務』を無表情にこなす、敗退したプレイヤーたちの姿が映し出された。
「あっ……!」
くるみが息を呑む。そこに映っていたのは、先ほどまで彼らが死闘を演じていた、プロチームのリーダーたちだった。
『皆様もすでにお気づきでしょう。彼らは敗北し、その価値を失いました。AIによる完全統制の世界において、敗者の自我など不必要なのです』
仮面の男の声が、嗤うように響き渡る。
『この新型デバイスは、敗北と同時にプレイヤーの自我を完全に消去し、最も効率的なAIをインストールします。つまり、彼らはもはや人間ではなく、従順なNPCとして生まれ変わったのです』
「ふざけるな!!」
一人のプレイヤーが叫んだ。
「こんなの犯罪だろ!? 俺は降りる! 今すぐデバイスを外して――」
『おやめなさい』
仮面の声が、絶対零度の冷たさで告げた。
『本大会において、途中棄権は一切認められません。現在、皆様の脳はデバイスと完全にリンクしています。もし強制的なログアウト、リログ、あるいは現実世界でデバイスを取り外そうとする行為が確認された場合――』
モニターの中で、無理やりポッドを開けようとした外部スタッフが弾き飛ばされ、中にいたプレイヤーのバイタルが『強制停止』する映像が流れた。
『その瞬間、脳内ネットワークに過負荷をかけ、強制的に自我を消去いたします。もちろん、試合で手を抜いて敗北を装うような行為も同様です』
静まり返る待機島。
誰もが息をすることすら忘れ、その絶望的な宣告に縛り付けられていた。
『生き残る方法はただ一つ。他者の自我を蹴落とし、勝ち進み、頂点に立つこと。――さあ、最も優れたデータを決める、素晴らしいゲームの続きを始めましょう』
空中のカウントダウンが、無情にもゼロを刻む。
逃げ場のない、本当の『死のゲーム(サバイバル)』が今、幕を開けた。




