イモータルの証明と、微笑む敗者
「これが、大会運営から送られてきた新型のフルダイブ機……」
神崎財閥が用意した超高級ゲーミングルーム。その中央に鎮座する、流線型の真新しいデバイスを見下ろしながら、くるみが息を呑んだ。
全世界同時開催となる『ゼニフロ』世界大会・アジア予選。今大会から「地域間の通信ラグを完全にゼロにする」という名目で、運営から出場全選手にこの最新型デバイスの使用が義務付けられていた。
「ええ。神崎のセキュリティチームにも解析させましたが、物理的な危険性は見当たりませんでしたわ。さあ、乗りますわよ。私たちの目標は、あくまで世界の頂点ですから」
雪那が自信に満ちた笑みを浮かべる。練習期間を経て、彼女と朝日のランクはすでにプロ一歩手前の不滅の領域『イモータル』へ到達。くるみも一般プレイヤーの頂である『クラウン』へと昇格し、チームとしての完成度は以前とは比べ物にならないほど高まっていた。
「私は、雪那さんや朝日さんと一緒にプレイできるなら、どこまでだって行きます!」
「……俺はプロの頂点とかはよくわかんねぇけどさ」
最新機に乗り込みながら、朝日はふと、自らのスマートデバイスに視線を落とした。そこには、彼の専属AIである『てな』が心配そうにこちらを見つめている。
(親父とお袋の過去……この大会を勝ち進めば、何か手がかりが掴めるはずだ)
朝日はデバイスに向かって小さく頷くと、力強い声で宣言した。
「でも、お前らと一緒に戦うと決めた以上、絶対に負けねぇよ。いくぞ!」
***
アジア予選、第1マッチ。
30チーム、総勢90名のプレイヤーが一つの広大なマップへとダイブする。
上位10チームに入らなければ勝ち点が一切付与されないという過酷なサバイバル。その中盤、朝日たちの前に立ちはだかったのは、全員が最高ランク『シンギュラリティ』を冠する、アジア屈指の有名プロチームだった。
『――たかがイモータル上がりの即席チームが。プロの洗礼を浴びせてやるよ』
計算し尽くされた射線管理と、一切の無駄がないカバーリング。これが世界を知る者たちの力。
だが、朝日は遮蔽物の裏でニヤリと笑った。
「……なら、計算ごと物理でぶっ壊してやるよ。てなさん、ルートの解析は!?」
『完璧よ! 雪那の狙撃ラインとくるみのシールド展開予測、全部朝日の視界(HUD)にリンクさせたわ!』
脳内に響くてなの声を合図に、朝日の規格外のフィジカルが爆発する。
プロの予測を遥かに超える初速での飛び出しと、くるみのシールドを足場にした立体機動。敵が朝日の異常な動きに気を取られた一瞬の隙を、雪那のライフルが冷徹に撃ち抜く。
『なっ……!? こいつら、動きがデタラメすぎ――』
プロチームのリーダーが驚愕の声を上げた時には、すでに朝日の『マスタング』の銃口がその眉間を捉え、火を噴いていた。
最大の障壁だったプロチームを完封した3人は、その圧倒的な勢い(モメンタム)のまま戦場を蹂躙する。
次々と他チームを薙ぎ払い、最後に残った部隊を雪那の狙撃が仕留めた瞬間――モニターに『CHAMPION』の文字が輝いた。
「やったー! 初戦チャンピオンですよ、朝日さん、雪那さん!!」
「当然ですわ。プロといえど、私たちの連携の敵ではありません」
歓喜に沸くくるみと雪那。
「おっしゃ、とりあえず幸先いいな。……ちょっと喉乾いたし、運営の受付ロビーで飲み物でも貰ってくるわ」
朝日は軽く肩を回しながら、ダイブルームを出て大会専用の物理ラウンジ(受付エリア)へと足を向けた。
各国の選手やメディアが入り乱れる華やかな受付カウンター。
そこで朝日は、見覚えのある後ろ姿を見つけた。つい先ほどのマッチで打ち倒した、あのプロチームのリーダーだ。
「おい、アンタ。さっきはいい勝負だったな」
朝日は健闘を称えようと、気さくに声をかけた。
しかし、振り返ったその男の顔を見て、朝日の足がピタリと止まる。
「……え?」
男の表情には、敗北の悔しさも、プロとしてのプライドも、一切の感情が抜け落ちていた。
焦点の合わない、ガラス玉のような虚ろな瞳。
そして、顔の筋肉を無理やり引き上げたような、機械的で完璧すぎる『笑顔』。
男は、自らのチームのユニフォームを着たまま、受付の端末を操作しながら朝日へと向き直った。
「本日は、どのようなご用件でしょうか」
それはまるで、ゲーム内に配置された初期設定のNPCと全く同じ、抑揚のない合成音声のような声だった。
周囲の喧騒が、一瞬にして遠のいていく。
背筋を這い上がる、強烈な悪寒。
受付で「NPC化したプロ」を見て戦慄した朝日は、足早に神崎財閥の専用控室へと戻る。
ドアを勢いよく開けると、そこにはすでに、顔面を蒼白にさせた雪那と、不安そうに身を寄せ合うくるみの姿があった。
「……おい、二人ともどうした? 顔色悪いぞ」
「朝日さん……! あの、私、さっきトイレに行く途中で……」
くるみが震える声で口を開く。
「1回戦で早々に脱落したチームの人たちが、廊下の壁に向かって……ずっと無表情で、同じお辞儀を繰り返してるのを見ちゃって……」
「……私もですわ」
雪那が腕を強く抱きしめながら、ギリッと奥歯を噛む。
「通路ですれ違った別チームの敗者が、私の顔を見て『大会規定第4項、大会規定第4項』と、壊れた機械のように呟き続けていましたの。……あんなの、まともな人間の姿じゃありませんわ」
その報告を聞き、朝日の背筋に決定的な悪寒が走る。
自分だけじゃなかった。くるみも、雪那も『同じ異常』を目撃している。
点と点が繋がり、一つの最悪な仮説が3人の脳裏を過った。
「……俺もさっき、受付で見た。俺たちがさっき倒した、あのシンギュラリティのリーダーだ。まるでゲームのNPCみたいに、虚ろな目で笑ってやがった」
朝日の言葉に、控室は重く冷たい静寂に包まれる。
「負けた奴らが、全員『人形』みたいになってるってことか……?」
この新型デバイス、ラグを無くすなんていうのは建前だ。
本当は、もっとヤバい『何か』をプレイヤーの脳に直接仕込んでいるんじゃないか――?
3人がその底知れぬ恐怖と疑念に辿り着いた、まさにその時。
彼らの耳元から、無機質なアラート音が鳴り響いた。
『――全プレイヤーニ通達。コレヨリ、第2マッチヲ開始シマス。速ヤカニ、ダイブポッドヘト帰還シテクダサイ』
それは、決して逃げ出すことの許されない『地獄への招待状』だった。




