最強の盾と矛、そして消された過去
「――見事だった。まさか、あの桐谷くんの部隊をこうも鮮やかに打ち破るとはね」
学園の最上階、重厚なマホガニーのデスク越しに、理事長はハンカチで目元を拭いながら深く頷いた。
カスタムマッチでの圧倒的なチャンピオン獲得から数時間後。朝日、雪那、くるみの3人は、特別室へと呼び出されていた。
「約束通り、君たち3人を我が校の正式な代表プロチームとして認定しよう。さらに、今後のプロリーグ参戦に向けた活動資金とマネジメントだが――」
「それについては、我が『神崎財閥』の専門チームが全面的にバックアップいたしますわ。すでに父には話を通してあります」
雪那が腕を組み、当然のように言い放つ。
「設備、移動用の専用機、さらにはメディアへのプロデュースまで、すべて最高峰の環境を用意させます。……万年3位のあなたたちには勿体ない待遇ですけれど」
「いや、お前万年2位だったろ。それに、専用機って……お嬢様スケールデカすぎだろ」
「雪那さん、すごいです……!」
呆れる朝日と、目を輝かせるくるみ。
そんな彼らのやり取りを、理事長はどこか懐かしむような、そして悲哀の入り混じった優しい眼差しで見つめていた。
「千堂くん」
「ん? なんですか、理事長」
「……いや。今日の君のプレイを見ていたらね、ふと思い出してしまったんだ。……まるで、君のご両親を見ているようだったよ」
「親父とお袋を……?」
理事長の言葉に、朝日は僅かに眉をひそめる。
朝日の両親は、彼が幼い頃に事故で他界している。親戚の家を転々として育った朝日には、両親の明確な記憶がほとんどなかった。
「……彼らもまた、常識や計算では測れない、素晴らしいプレイヤーだった。君がその血を受け継ぎ、こうしてゼニフロの舞台に立ってくれたこと……本当に、嬉しく思う」
涙声で語る理事長。だが、その瞳の奥に一瞬だけ過った『暗い影』に、朝日は説明のつかない違和感を覚えたのだった。
***
その日の夜。朝日の自室。
ベッドにドサリと倒れ込んだ朝日のスマートデバイスから、青い光の粒子が飛び出し、空中で実体化する。
「ちょっと朝日!!」
現れたのは、腰に両手を当ててプンスカと怒っている私――専属AIの『アテナ』だ。
「2.8秒でパルスを抜けるなんて、私のシミュレーションを完全に無視してたわよ!? 心拍数も異常値まで跳ね上がってたんだから、次あんな無茶したらシステムからお説教だからね!」
「わーわーうるせぇな。結果オーライだろ、勝ったんだから」
「結果オーライじゃないわよ! 朝日の身体にどれだけ負荷がかかったと思ってるの!?」
アテナが画面の中でジタバタと抗議するが、朝日は天井を見上げたまま、飄々と笑う。
「だって、事前に言ったらテナさんは絶対反対するだろ? 思いついた時には、もう体が走ってたんだよな」
「……もうっ。これだからこのバカ主人は……。本当に、私がいなきゃ現実世界じゃ何もできないんだから!」
アテナは呆れたように息をつく(フリをする)。
「あ、そうだ。神崎財閥から送られてきた分厚いプロ契約の電子書類、届いてるわよ。読む?」
「うげ。長ったらしい文字は嫌いだ。てな、要約しといてくれ。サインだけする」
「ほらね、やっぱり私がいないとダメじゃない!」
文句を言いつつも、即座に書類の解析と要約プロセスを走らせるてな。
だが、ふと朝日の表情からいつもの笑みが消え、静かな声音に変わった。
「……なぁ、テナさん。今日、理事長が言ってた言葉、覚えてるか?」
「『まるで、君のご両親を見ているようだ』……でしょ?」
「俺の親父とお袋……もしかして、昔プロシーンに関わってたのか? 事故死だって聞いてたけど……」
朝日の問いかけに、アテナのホログラムが僅かに揺らぐ。
「……実はね。朝日が理事長室にいる間、気になって学園の旧データベースや、プロリーグの過去ログを検索してみたの。でもね……」
「でも?」
「不自然なくらい、情報がないのよ」
アテナは、空中にいくつかのエラー画面のウィンドウを展開した。
「大会の記録、プレイヤー名簿、果ては当時の事故のニュース記事に至るまで……すべて。まるで『誰か』が意図的に情報を削除して、最高レベルのプロテクトをかけたみたいに、綺麗に消されているわ」
その言葉に、朝日の瞳に鋭い光が宿る。
単なる事故死ではなかったのか。
なぜ、両親の存在が歴史から消されているのか。
そして、理事長が見せたあの『暗い影』の意味は――。
「……そうか」
朝日はゆっくりと起き上がり、自らの拳を見つめた。
「なら、俺たちがこのまま勝ち上がって、一番上まで行けば……いつか絶対にぶつかる壁ってわけだ」
「ええ。その時は、私のすべてを使って、過去を暴いてみせるわ。最高の相棒としてね」
「頼りにしてるぜ、テナさん」
静寂に包まれた部屋の中。
モニターの光だけが、決意を固めた人間と、それに寄り添うAIの顔を青く照らしていた。
彼らはまだ知らない。
この華やかなプロへの道が、決して引き返せない『底なしの闇』へ続いていることを――。




