盾の理由と、無自覚な肯定
翌朝。
柊くるみは、小鳥のさえずりと、遠くから聞こえる「パコーン!」という薪割りの音で目を覚ました。
「あ、れ……?」
古い布団から身を起こし、くるみは不思議そうに自分の両手を見た。
ここ3年間、眠りにつくたびにネットの誹謗中傷がフラッシュバックし、まともに眠れた夜など一日もなかった。しかし昨夜は、焚き火の匂いと満天の星空に包まれ、泥のように深く、安心した眠りにつくことができていた。
『――起きたか。顔洗ってこいよ、朝飯できてるぞ』
外から戻ってきた朝日が、首にタオルを巻きながら声をかける。
昨夜の豚汁の残りに、うどんをぶち込んだ豪快な朝食。
湯気を立てるお椀を両手で持ちながら、くるみはぽつりぽつりと、自分の過去を語り始めた。
「私の使っていた『ドームシールド』は、絶対に敵の攻撃を通さない……最強の盾でした。でも、同時に『味方の射線』も塞いじゃうんです」
くるみの声が、微かに震え始める。
「私がみんなを庇おうとするほど、チームは攻撃できなくて、ジリ貧になって負けて……。『お前が戦犯だ』『臆病な盾のせいで負けた』『前に出ないなら消えろ』って……味方からも、ファンからも……っ」
画面の向こうから浴びせられた無数の悪意。
思い出して呼吸が浅くなり、うつむくくるみ。
朝日は、その間ずっと何も言わず、黙々と豚汁うどんをすすっていた。
そして、くるみの言葉が途切れたのを見計らい、箸を置いて真っ直ぐに彼女を見た。
「……なぁ。くるみはどうして、サポートの中でも一番扱いの難しい『ドーム使い』なんてやってたんだ?」
「え……?」
「ただ勝つだけなら、単体バリアとか、回復特化の方が評価されやすいだろ。なんで、わざわざ味方の邪魔になるリスクがあるドームを選んだんだよ」
くるみは目を伏せ、ぎゅっとジャージの裾を握りしめた。
「……ドームなら、360度、全部防げるから。……味方が、傷つくのを……誰も痛い思いをするのを、見たくなかったからです……」
それは、プロの世界では「甘え」と切り捨てられる理由だった。
だからこそ、ずっと誰にも言えずに胸の奥に隠していた。
しかし、朝日は小さく鼻で笑うと、呆れたように言った。
「なんだそれ。そんな優しい理由で、最前線な場所で体張ってたのかよ」
「あっ……」
「世間の評価とか知らねえけどさ。そんな覚悟で盾構えてる奴が、役立たずなわけねえだろ」
朝日は立ち上がり、くるみの頭にポンと手を乗せた。
「俺なら、そんな優しい盾が背中にいてくれるだけで、安心してどこまでも突っ込める最高のパートナーになれると思うけどな」
「――――っ」
くるみの瞳から、再びボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
3年間、誰かに言ってほしかった言葉。自分の「優しさ」を、一番近くで肯定してほしかった。
朝日という圧倒的な光が放つ嘘のない言葉が、くるみの心に分厚く張っていた氷を、完全に打ち砕いた瞬間だった。
『(……朝日、あなた本当に恐ろしいわね。無自覚に女性の心臓を撃ち抜く、タラシの才能までカンストしてるじゃない……!)』
ローカルモードで静かに二人のやり取りを分析していたアテナが、呆れと感心が混ざったような電子音を密かに鳴らしたことなど、朝日は知る由もなかった。




