圧倒的な無双と、画面越しの憧れ
初戦で特別招待選手を粉砕した千堂朝日と神崎雪那のデュオは、その後、文字通り「止まらなく」なった。
『――ターゲット・ロスト。千堂・神崎ペアの勝利です!』
ダイブルームに、何度目かの実況AIの電子音が響き渡る。
準々決勝、準決勝と、彼らの戦いはまさに「蹂躙」だった。
学園のエリートたちがどれだけ最新鋭のAIで戦術を練り、完璧なフォーメーションを組もうと、朝日の前では無意味だった。
AIの予測速度を凌駕する理不尽なフィジカルで、朝日は一切の躊躇なく敵陣の中央へ突っ込む。計算外の暴力に敵の前衛がパニックを起こし、フォーメーションが崩れたその一瞬の隙を――後方から雪那の冷徹なスナイパーライフルが正確に撃ち抜く。
「理不尽」と「最適解」の融合。
水と油に思えた二人のプレイスタイルは、奇跡的なシナジーを生み出し、圧倒的なタイムレコードを叩き出しながら、あっさりと決勝戦すらも制してしまったのだ。
「……嘘だろ。あの最底辺の劣等生が、神崎と組んで優勝……!?」
「あいつのあの動き、AIの補正なしだぞ!? どうなってんだよ!」
観客席の生徒たちが信じられないものを見る目でどよめく中、ログアウトしてダイブルームから出てきた朝日は、呑気に首をボキボキと鳴らしていた。
「あー、いい汗かいた。やっぱ実戦はいいな」
「……勘違いしないでくださいね。私の完璧なカバーがあったからこそ、あなたのその無謀な突撃が成立したんですから」
雪那はツンとそっぽを向きながらも、その頬は微かに紅潮し、口角も少しだけ上がっていた。朝日の背中に命を預け、完璧に噛み合った実戦の余韻が、彼女のクールな仮面を少しだけ溶かしている。
「わかってるよ。お前の狙撃、すげぇ頼りになったわ。サンキューな」
「っ……! べ、別に、当然の仕事をしたまでです!」
朝日に頭をポンと撫でられそうになり、雪那は慌てて距離を取った。
『あらあら、雪那の心拍数が急上昇しているわね。朝日、あなた別の才能もあるんじゃない?』
「テナさん、うるせえ。……さてと! 優勝賞金も入ったし、今日の夜はパーッと美味い肉でも買って帰るか!」
朝日は大きく伸びをすると、嬉しそうに笑った。
***
同時刻。
都市部の片隅にある、日が全く差し込まない薄暗いアパートの一室。
床には空のゼリー飲料のパックが散乱し、冷たい空気が漂うその部屋で、モニターの光だけが煌々と輝いていた。
「……すごい」
モニターの前に三角座りをして、膝に顔を埋めるようにして画面を見つめる少女――柊くるみ(21歳)は、ぽつりと呟いた。
画面に映っているのは、学園内大会で圧倒的な優勝を飾り、なんだかんだと言い合いながらも信頼し合っている朝日と雪那の姿だった。
(あの前衛の人、あんなに無茶苦茶な動きなのに……絶対に、味方を信じてる。後衛の女の子も、あの人を信じて引き金を引いてる……)
画面越しの二人の姿が、くるみには酷く眩しく見えた。
かつてプロリーグに所属していた彼女のポジションは、最前線でドームを構え、味方を守り抜く「サポート」。
しかし、味方を庇うことを最優先にするあまり、チームの攻撃力が低下し、結果が出ないことで「お前が足を引っ張っている」「役立たずの臆病者」と、味方からもファンからも猛烈なバッシングを浴びた。
それが3年前。
心が完全に折れ、競技から逃げ出したくるみは、それ以来この暗い部屋から一歩も出られなくなっていた。
「……いいな。あんな風に、背中を預けあえるの……楽しそうだな」
自分も、もう一度あそこに立ちたい。誰かのためにドームを構えたい。
でも、また悪意の言葉をぶつけられるのが怖い。
ぐるぐると葛藤するくるみの静かな部屋に、突然、盛大な音が鳴り響いた。
きゅるるるるぅぅ……っ
「あぅ……」
くるみはお腹を押さえて、情けなくうめいた。
『……マスター・くるみ。生体センサーの数値が危険領域です。生命維持に必要なカロリーが完全に枯渇しています』
部屋のスピーカーから、彼女のサポートAIの無機質で厳しい声が響く。
『このままでは餓死のリスクがあります。至急、外へ出て食料を調達してください』
「わ、わかってるよぉ……」
くるみは涙目でふらふらと立ち上がると、よれよれの大きめのパーカーをすっぽりと被った。
「ちょうど、スーパーの……半額シールが貼られる時間、だし……」
賞金で「美味い肉」を買いに行こうとする圧倒的強者の少年と。
貯金が尽きかけ、「半額のもやし」を求めて深夜の街へ彷徨い出る、かつての盾。
決して交わるはずのなかった二つの軌道が、深夜の激安スーパーで重なり合おうとしていた。




