塩むすびと、強制デュオ
昼休み。喧騒から離れた学園の裏庭で、朝日は木陰に座り込み、タッパーに入った手作りの『塩むすび』を頬張っていた。
完全栄養食のゼリーやサプリメントが主流のこの時代、米を炊き、手で握るなどという行為は「非効率の極み」とされている。しかし、朝日にはこの塩気と米の甘みがたまらなかった。
「……理解不能です。なぜ、そのような炭水化物の塊をわざわざ手で圧縮して摂取しているのですか?」
頭上から降ってきた冷ややかな声に、朝日はため息をついた。
見上げると、学園トップエリートでありプロゲーマーでもある超絶美人――神崎雪那が、腕を組んでこちらを見下ろしていた。
「お前、朝からずっと俺の後ろついて回ってるよな。暇なのか?」
「暇ではありません。あなたの行動データを収集しているのです」
雪那は真面目な顔で、タブレットに何やら打ち込みながら言った。
「朝の非効率な自重トレーニングといい、今の前時代的な食事といい……あなたはAIが導き出した『最適解』をすべて無視している。それなのに、あの桐谷を圧倒する理不尽な出力を叩き出した。それがなぜなのか、私は知る必要があるのです」
「……」
朝日は塩むすびをモグモグと咀嚼しながら、雪那をじっと見た。
朝のエントランスでは周囲をゴミのように見下していた彼女だが、今の質問には「純粋な疑問」しかなく、悪意や他者を見下す色はなかった。
なら、答えてやってもいいか。朝日はそう思い、口を開いた。
「AIのポッドに入れば、寝てるだけで理想の筋肉がつく。完全栄養食を飲めば、一瞬でカロリー計算が終わる。……でもな、それだと『自分が強くなった』って実感が湧かないんだよ」
「実感……ですか?」
「ああ。自分で汗を流して、筋肉を痛めつけて、自分の手で作った飯を食う。そういう『生きてる感覚』の積み重ねが、土壇場での直感や、ここぞって時の引き金の重さに繋がるんだと俺は思ってる」
雪那は目を丸くした。AIの計算式には絶対に存在しない、あまりにも精神論で、非合理的な回答。
しかし、朝日のその真っ直ぐな瞳には、確かな熱と強さが宿っていた。
「……ほら、騙されたと思って食ってみろよ。美味いぞ」
朝日はタッパーに入っていたもう一つの塩むすびを、雪那に差し出した。
「え……? 私は、そのような衛生管理の保証されていない手作りの固形物など……」
「いいから。食わず嫌いはデータ収集の邪魔だろ?」
半ば強引に押し付けられ、雪那はおずおずと両手でその白い塊を持った。
(……温かい)
それは、冷徹なAIの管理下では決して味わえない、人間の手から伝わる温度だった。
雪那は小さく口を開け、カプリ、と端っこを齧る。
途端、ふわりと広がる米の甘みと、絶妙な塩加減。彼女の冷ややかな瞳が、わずかに見開かれた。
『……朝日。彼女のバイタルデータ、心拍数が少し上がり、脳内の幸福ホルモンが分泌されているわ。どうやら、手作りの味の虜になりかけているみたいね』
アテナの面白がるような通信が耳元で響く。
「……まあ、栄養摂取の手段としては、ギリギリ及第点を与えてもいいでしょう」
雪那はツンとそっぽを向きながらも、二口目、三口目と塩むすびを小さく頬張っていった。完全にペースを握られていることに、本人は気づいていない。
「で? データ収集はもう満足したか?」
朝日が笑いながら立ち上がると、雪那はハッとして、塩むすびを持ったまま再びキリッとした表情を作った。
「いえ。あなたの言っている『生きた実感』というアナログな要素が、実戦でどう作用するのか、まだデータが足りません。よって……実戦の中で、真横で計測することにしました」
「は?」
「来週開催される『学園内デュオ戦術大会』。……すでに『千堂朝日・神崎雪那』のペアでエントリーを完了させておきました」
「……はあああ!?」
朝日の素っ頓狂な声が、静かな裏庭に響き渡った。
「お前っ、朝は『断る』って言っただろ! なんで勝手に登録してんだよ!」
「私のチームの駒になるのが嫌なら、私があなたのペアになってあげるということです。光栄に思いなさい」
「理屈がおかしいだろ! 取り消せ!」
「不可能です。すでにAIの承認は下りました。……逃げられませんよ、千堂朝日」
そう言って、雪那は最後に残った塩むすびを口に放り込み、勝ち誇ったように少しだけ口角を上げて、去っていった。
「……マジかよ、あいつ」
『ふふっ。でも朝日、これであなたもついに公式戦デビューね。マスタングの手入れ、念入りにしておかないと』
振り回される朝日と、どこか楽しげなアテナの声。
こうして、最底辺の劣等生と、ポンコツな天才美人による、前代未聞のデュオが強制的に結成されたのだった。




