暴言の天才と、スリーマンセル
「あーその、千堂朝日なら俺だけど。俺になんか用?」
首にタオルをかけ、呑気な声を上げた朝日に、エントランスの全視線が集中する。
神崎雪那はゆっくりと振り返り、冷やりとした瞳で朝日を上から下まで値踏みするように見つめた。
「……あなたが? AIの筋肉管理システムを使わず、わざわざ汗を流して非効率な自重トレーニングをしているような原始人が……桐谷を3秒で沈めたというのですか?」
「原始人って……まあいいや。俺に用があるんだろ?」
周囲の生徒たちが息を呑む中、雪那は凛とした声で、エントランス全体に響き渡るように宣言した。
「千堂朝日。私のチームに入りなさい」
その言葉に、再び周囲がざわめく。
神崎雪那。彼女は朝日たちと同い年でありながら、すでにフルダイブ型FPSの『プロリーグ』の第一線で活躍している正真正銘のバケモノだ。そんな彼女が、なぜ学園最下位だった男をスカウトしているのか。
「は? チーム?」
朝日は面倒くさそうに眉をひそめた。
「ええ。プロリーグの公式戦は、3人1組のスクワッド制です。しかし、私のチームは現在、私一人しかいません」
「あとの二人は?」
「捨てました」
雪那は、さも当然のように言い放った。
「私の展開する高度な戦術予測と、AIの最適解を組み合わせたプレイスピードに、あの二人はまったくついてこれなかった。足を引っ張るだけのゴミは不要だと事実を伝えたところ、泣きながらログアウトしていきました。メンタルまで脆弱な欠陥品です」
『……朝日。彼女の過去のプレイログを参照したわ。彼女、味方がミスをするたびにボイスチャットで「あなたの脳は飾りですか」「AI以下の演算能力ですね、呼吸をやめてください」などと、一切の感情を交えずに詰め寄っていたみたいね。そりゃあチームも崩壊するわ』
耳元のアテナの呆れたような報告に、朝日は(うわぁ……)という顔で雪那を見た。
超絶美人だが、中身はとんでもない「毒舌の完璧主義者」だ。
「とにかく、私は新たな『駒』を探していました」
雪那は朝日に一歩近づき、その目を真っ直ぐに射抜いた。
「昨日のあなたのデータを見ました。AIの予測を上回る理不尽なフィジカルと、旧式リボルバーの一撃。……計算外の『エラー』を引き起こすあなたなら、私の戦術に組み込む価値があるかもしれないと考えたのです。光栄に思いなさい」
上から目線すぎるスカウト。
しかし、朝日はタオルで乱れた髪をガシガシと拭きながら、ため息を一つ吐いた。
「断る」
「……は?」
雪那の冷ややかな表情が、初めて微かに歪んだ。
「プロリーグだか何だか知らないけど、俺は『駒』になる気はない。それに、味方をゴミ扱いするようなやつと組んでも、背中を預けられないだろ」
朝日は雪那の横を通り過ぎ、呆然と立ち尽くす桐谷や生徒たちを一瞥もせずに歩き出す。
「用がそれだけなら、帰ってくれ。俺はシャワーを浴びる」
「ま、待ちなさい! この私からの誘いを断るというのですか!? あなたのその非合理的な脳細胞は死滅しているのですか!?」
普段の冷徹な仮面が少しだけ剥がれ、声を荒げる雪那。
朝日は振り返らずに手をヒラヒラと振って、そのままエントランスから姿を消した。
残されたのは、プライドを粉々にされて真っ白に燃え尽きた桐谷と、人生で初めて「スカウトを拒絶された」という事実を受け入れられず、ワナワナと肩を震わせる天才美人の姿だけだった。




