11 65歳 鋼鉄王の引退
巨万の富を手にしたアンドリューが、その「黄金の雨」を最初に降らせた場所。それは、かつて自分が労働者から「搾取している」と指弾された、あの黒煙たなびくピッツバーグの地だった。
彼は「自由な私人」としての第一歩を、過去への執着を断ち切るための「破格の恩返し」から始めたのだ。
売却からわずか数日後、アンドリューは自分の工場で働くすべての労働者のために、五〇〇万ドル(現在の価値で数千億円相当)という巨額の基金を設立した。
これは、事故で働けなくなった労働者への補償や、引退した者への年金として使われるものだ。当時、会社が労働者の老後や怪我を保障するという概念はほとんどなかった。かつてホムステッド事件で「冷酷な主人」のレッテルを貼られた彼は、自らの懐を痛めることで、長年自分を支えた「鋼鉄の兵士たち」への謝罪と感謝を形にしたのであった。
◇
労働者への還元を済ませた彼が、次に向かったのは故郷スコットランドであった。
経済的理由で進学できない若者たちのために、一千万ドルを投じて「スコットランド大学基金」を設立。そこには、母国への強い愛着と、「教育こそが貧困から脱する唯一の道である」という、彼自身が身をもって学んだ信念が形となっていた。
そして、引退前から着手していた図書館建設が、ここから爆発的な規模へと拡大する。一九〇一年、ニューヨーク公共図書館へ五二〇万ドルの寄付を提示し、市内に六十五もの分館を設置する壮大な計画をぶち上げた。
最終的に彼が世界中に建設した図書館は、二五〇九にものぼる。彼は「本を読む権利」を万人に与えることで、かつて自分が借りた本の恩義を世界に返そうとしたのだ。
若き日のアンドリューは、貧しい「丁稚」として働きながら、知識を激しく渇望していた。当時、地元のアンダーソン大佐が私蔵書を働く少年たちに開放してくれたことで、彼は教育の機会を手にし、「本こそが人生を切り拓く」と確信した。「一冊の本が自分を救った」という深い感謝が、数十年を経て、世界を覆う知のネットワークへと繋がったのである。
アンドリューの情熱は、科学や教育の基盤にも注がれた。一九〇二年、ワシントンD.C.に「カーネギー研究所」を設立。「人類の知識を広げる」ための基礎研究に一千万ドルを投じたのは、実業家として「科学的根拠」を重んじてきた彼らしい選択であった。
さらに一九〇四年には「カーネギー英雄基金」を創設。自社の工場爆発で他者を助けようと命を落とした人々の勇気に感銘を受けたことがきっかけだった。「平和な時代の英雄にも光を当てるべきだ」という哲学に基づき、危険を顧みず隣人を救った民間の人々やその遺族を支援する制度を作ったのである。
一九〇五年には、低賃金で働く大学教授たちの生活を憂い「カーネギー教育振興財団」を設立。年金制度を確立しただけでなく、教育の質を標準化する「カーネギー・ユニット」を導入し、現代の米国教育制度の礎を築いた。
人生の晩年、彼は「戦争の根絶」に執念を燃やす。一九一〇年、「カーネギー国際平和基金」を設立。オランダのハーグには、国際司法裁判所の本拠地となる「平和宮」を建設するために多額の寄付を行った。
一九一一年、彼は最後の巨大な器、「ニューヨーク・カーネギー財団」を設立する。個別に寄付を続けるには富があまりに巨大すぎたため、死後も慈善活動が永続する仕組みを作り上げたのだ。残っていた資産のうち約一億三千五百万ドルを一括譲渡。これにより、彼の「無一文で死ぬ」という美学は制度として完成した。
これらの活動において、妻ルイーズは常に夫の最も近い相談役であった。アンドリューが巨額の寄付を決める際、彼女はその横で書類を確認し、夫の「熱狂」を冷静な「確信」へと変えるサポートを続けた。
娘マーガレットは、父が平和を説いて回る姿を見ながら成長した。アンドリューは娘を溺愛したが、決して甘やかさなかった。「富は公共のためにある」という哲学を伝え、彼女が虚栄心に満ちた令嬢ではなく、思慮深く知的な女性になるよう、ルイーズと共に深い愛情を注いで育て上げた。
しかし、一九一四年。彼の楽観的な平和主義を粉砕する出来事が起きる。第一次世界大戦の勃発である。
彼が巨費を投じて作り上げた「平和の仕組み」は、国家間の憎悪の前に無力だった。
「自分の人生は何だったのか。鋼鉄で富を築き、その富で平和を買おうとしたが、結局、鋼鉄が、武器が勝ってしまった」
この衝撃により、あれほど快活だったアンドリューは急激に老け込み、失意の中で公の場から姿を消していったのである。
◇
一九一九年八月十一日。マサチューセッツ州レノックスにある別荘「シャドー・ブルック」の寝室は、重苦しい静寂に包まれていた。かつて世界を鋼鉄で覆い尽くした男、アンドリュー・カーネギーは、肺炎に冒され、今まさに人生の最終駅に差し掛かっていた。
枕元で献身的に看病を続ける妻ルイーズの手を、彼は弱々しく、しかし確かな愛を込めて握り返した。
「ルイーズ、君は僕にとってのすべてだった。本当に、最高の人だったよ」
それが、この世での最後の言葉となった。アンドリューは、静かに目を閉じ、深い眠りの中へと落ちていった。
ふと気づくと、彼はピッツバーグ駅のホームに立っていた。
体は驚くほど軽く、視界は明るい。アンドリューは、かつて異国の地で成功を夢見ていたあの頃の、少年の姿に戻っていた。
目の前には、朝靄を切り裂くようにして、漆黒に輝く真新しい機関車が止まっている。
その乗車口から、一人の男がひょっこりと顔を出した。それは、かつての恩師、若き日のトム・スコットであった。
「アンディ。出発の時間だ」
スコットが差し伸べた手を、アンドリューは震える手で握りしめた。溢れ出す感情を抑えきれず、彼は咄嗟に口を開いた。
「スコットさん……俺は、あなたに謝らなくてはならない。あの時、俺は……」
だが、スコットはいたずらっぽく微笑み、首を振った。
「何も言うな、アンディ。さあ、奥へ行け。待っている人がいるぞ」
スコットに促されるまま、アンディは客車の中へと足を踏み入れた。
ベルベットの椅子が並ぶ車内の一角、窓の外を眺めていた一人の女性が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「母さん!」
そこにいたのは、彼の母、マーガレットであった。アンディは子供のように声を上げ、母の胸へと飛び込んだ。
「アンディ。お前はよくやったよ」
母は優しく、慈しむようにアンディの頭を撫でてくれた。その手は温かく、かつてスコットランドで機織り機の音を聞きながら過ごした、貧しくも幸福だった日々を思い出させた。
やがて、機関車は高く澄んだ汽笛を鳴らした。
ピッツバーグの街を、そして彼が築き上げた鋼鉄の帝国を後に、列車は光り輝く地平線の向こうへと、ゆっくりと、力強く動き始めた。
◇
アンドリュー・カーネギー。
世界で最も多くの富を、そして最も多くの「知の鍵」を人々に遺した男は、一九一九年、八十三歳の生涯を閉じた。
死の瞬間に至るまで、彼が社会に投じた金額は三億五千万ドル――現在の価値にして数兆円規模という、人類史上でも類を見ない巨額に達していた。家族へ遺されたのは、日々の暮らしに困らぬ程度のわずかな生活資金のみ。彼は自ら掲げた「富を使い切って死ぬことは恥辱である」という公約を、まさに文字通り果たしてみせたのである。
アンドリューの後半生は、前半生における「冷酷な資本家」としての罪を、社会への貢献という圧倒的な「光」で打ち消そうとする、必死の格闘であったと言えよう。ホムステッドの流血、フリックとの泥沼の抗争、そしてモルガンという巨大な波。それらすべてを飲み込み、彼は自らの魂を浄化するかのように寄付を続けた。
彼が全米に、そして世界中に蒔いた「知の種」は、やがて豊かな森となった。彼が作った図書館の静寂の中で、一冊の本に出会った子供たちが、後に科学者や作家となり、次なる世界を創り変えていったのである。ビジネスマンとしてのアンドリューは、時に時代に翻弄され、ライバルたちと火花を散らしたが、「死後の影響力」という点において、彼は誰よりも巨大で、誰よりも長く続く帝国を築くことに成功したのだ。
◇
ニューヨーク州のスリーピー・ホロウ。
豊かな緑に囲まれた彼の墓所に、王を象徴するような派手な装飾はない。そこにはただ、彼が自身の人生において最も誇りとし、後世に伝えたかった一言が刻まれている。
「自分より賢明な人々を、自分の周囲に集める術を知っていた男、ここに眠る」




