第5話
電車がゆっくりと動きはじめる。
もう行くしかないと思うと、なんだかほっとした気分になった。
開いた窓の向こう側からは、黄色と緑色の絵の具を一対一で混ぜて、そこにマリンブルーを少し加えたような複雑な色の草が大げさに揺れていて、私たちの勇気ある旅立ちをまるで祝福してくれているみたい。
つるつるした葉の一枚一枚の表面に太陽の光があたり、縦横無尽に光線を放つ。眩しくて目を開けていられない。電車のがたがたという音と振動が、私の心臓のどきどきを消してくれている。
あれ、なんだろう、この感じ。
懐かしいような、あまり思い出したくないような。
電車が青い空に浮かんで走っている。飛行機をマネして白いうんこをぶらぶらぶら下げて。頭の中がもやもやする。
そういえば眞心がまだ産まれる前には、よくこうやってお母さんと二人で電車に乗ったっけ。どこになんの用事のためだったのかはわからないけど、お母さんはいつも疲れていて、だいたい不機嫌だった。
「しっかりと持ってなさいよ。なくしちゃダメよ」
あれはどこの駅だったのか。高架の上にあるホームからは、たくさんの家やビルの屋根がずらずらひしめき合っているのが見下ろせた。おもちゃみたいにちゃちで、手のひらで払うとざらざらと簡単に崩れてしまいそうだと思った。
はじめて自分専用にとお母さんから渡された切符。嬉しくて嬉しくて、ずっと手に持って眺めていた。
青い空は傷ひとつなくまっさら。どこかで鳥がピーと鳴いた。変な鳴き声だけど、たぶん鳥。
切符を両手で高く持ち上げて透かしてみる。何も透けては見えなかったけど、青い空がそこだけぽっかり切り取られた。
切符には私が住んでいる町の名前が書かれてある。まだ漢字はちゃんと読めない頃だったけど、自分の町の名前であることはわかった。
急に大人になったような気がした。
そうだ、あのときお母さんのぷっくり膨れたお腹の中には、まだ産まれていない眞心がいた。もしあの時、眞心も一緒にいたら、きっと私の真似をしたがって面倒だったに違いない。
眞心はできもしないくせに、なんでも私の真似をしたがるから。




