第32話
―――堺の夏祭り、賑やかな祭りやでえ。楽しいでえ。
お父さんも、きっと私たちをかわいそうだと思ったんだろう。
お母さんがいなくなって淋しい思いをさせてしまっていると、酔っ払いの頭で一生懸命考えてくれたんだと思う。
おばあちゃんの家でなかなか慣れなくて戸惑っている私たちを見て、仕事だけどどうしても夏祭りを見せてあげたくなったんだろうということを、いちいち言わなくても私にはわかる。
大人たちは噓つきだけれど、ロマンチックに物事を考えようとするふしがあって、それに合わせてあげるのがほんっとに面倒。面倒だけど仕方がない。だってお父さんだから。私たちのお父さんだから。
薄暗い駅前で膝を抱えてぼんやりしていると、あちこちにある標識や看板に書かれた文字がぺらぺらとめくれて、それぞれが騒がしくしゃべり出した。
道路の「止まれ」が野太い声でとまれ、とまれとしゃべりながら、てくてく歩いて去って行く。野田モータープールは細い文字だからか、ちょっとした風にもふるふるなびいて掠れた声で「のー、だ、もー。たー。ぷうるー」とゆっくり繰り返している。
食堂の前に張られたチラシには「当店へお越しのお客様は、右側の駐車場をご利用ください。店主」と小さな文字で書かれてあって、当店への「へ」の部分と、お客様はの「は」の部分にくると、立ち止まって眞心を見た。眞心はずっとうつむいたまま鼻歌をうたっていて、駅前がそんな状態になっていることにまるで気づかない。
「葵心、眞心」
振り向くとお父さんが立っていた。眞心は「おとうさあん」と、映画の中のラストシーンみたいに走ってお父さんに抱きついた。
眞心がいてくれて本当に助かった。私には絶対に真似のできない芸当だが、大人はこういった茶番が大好きだ。きっとお母さんも私にこんな風にしてもらいたかったんだろうなと思う。
「どないしたんや、ふたりとも。もう来えへんのかと思ったわ。もう祭り終わってるで」




