第3話
昨日の夜。お父さんがお酒を飲みながら、明日は堺の夏祭りや、葵心、眞心、おまえら二人とも見に来るか? おまえらなんか見たこともないようなでっかい祭りやでえ、にぎやかやでえ、楽しいでえ、とひとりではしゃいでいた。
お父さんは酔っ払うと噓を言う。いつもそれに騙されて、あとでがっかりしなくちゃいけないことがしょっちゅうあるので、基本的に酔っているときのお父さんの言うことは信用しないことにしている。
眞心が産まれる前。私がまだ今の眞心よりも小さかったころに「葵心、万博行こか。万国博覧会とかいうやっちゃ。今やってるやろ。明日お母さんと三人で行こ。いっぱいパビリオンっちゅうやつとかあっておもろいんやでえ。芸術は爆発だ! とか言うてな! ははは! わかるか? 爆発や! わはははは」
と、はしゃぎまくっていたのに、次の日、まるでミイラみたいに布団にくるまったまま夕方まで起きてこなかった。
いくら脳みそのふにゃふにゃしていた時代だったとはいえ、それは約束が違うじゃないかとずいぶんと抗議してみたが無駄だった。
大人なんてこんなものだ。子どもは何もわかってないし、どうせすぐに忘れるから何をしたっていいと思っている。
ところが今日は、すっかり酔いの醒めたお父さんが、しじみのお味噌汁をすすりながら「どうする、ほんまに来るか? 堺の祭り」と、かすれた声で遠慮がちに聞いてきた。
私はお箸に玉子焼きをぐさりと刺して、そのまま口の中に放り込んだ。ちょっと大きすぎるかと思ったけど、お祭りの返事をどうするか迷っていたので、ちょうどよかった。
今私の口の中は、玉子焼きでいっぱいやからしゃべられへんで、みたいなふりを大げさにして、もごもごと口を動かした。お父さんは眠そうに目をぱちぱちさせながら、私の返事を待っている。
田んぼの向こうの森の中からヒヨドリの、ヒヨヨンヒヨヨンというリズミカルな鳴き声が、しんとした食卓に響いた。
どうしようかな。
そうこうしているうちに眞心が、ちゃんと理解していないくせに、行く! と元気よくこたえてしまった。昨夜のお父さんの楽しいでえ、に完全にやられてしまったようだ。
「ほなら、トガミキタっていう駅があるから、そこに来たらええわ。お父さん、タクシーで迎えに行ったるからな」
お父さんはタクシーの運転手で、堺とかあっちのほうで仕事をしている。いつも堺の夏祭りの日は仕事の日と重なっていたので、今までは連れていってもらったことはなかった。
今年も仕事だけど、きっと今年は特別なんだと思う。




