第29話
夏祭りと言っていたので、賑やかなものだとばかり思っていたけど、何にもなかった。
今頃、トガミキタに降りたところでお父さんがいるはずもない。約束は三時で、今は夜の七時。お金は五円しかないし、誰も迎えに来てくれない。
私と眞心は、本当にこの世の中に二人きりになってしまった。水野とももう二度と会うことはできないだろう。
水野は悪ガキ軍団の中のひとり。はじめは全然好きでもなんでもなかった。黒板の字が見えないという子のために席替えをして、水野が私の隣の席になってからの腐れ縁。小学校の四年生になったばかりのころだから、三年くらい前だったと思う。
「ブタ、デブ」
「サル、チビ」
私たちの会話は、いつもほぼこれで成り立っている。
五年生のときの家庭科の調理実習で、コールスローを作ることになったことがあった。慣れない包丁さばきに苦戦していたら、水野が「貸してみ」と言って私から包丁を取り上げて、トントントントンと軽快にキャベツを素早くきれいに刻んでゆく。
悪ガキグループとはいっても普段はおとなしくて、寡黙で、あまり目立つほうじゃなかったので、こんな特技があるなんて知らなかったしびっくりした。横に立って顔をまじまじ見ると、ぎゅっと眉毛のあたりに力がこもっている。
「包丁使うのうまいね」というと「まあね」と表情を変えずにこたえた。
いつもサルチビしか言わないので恥ずかしかったけど「ありがとう」とお礼を伝えると、水野も少し照れたようにして「おう」とだけ言った。
それからも水野とはたいした会話はしないけど、いつの間にか好きになっていた。
きっと水野なら、ツチノコのことを理解してくれるような気がしている。今は話す機会がなくて残念だけど。




