第24話
和歌山市駅はとても大きな駅だった。
そこに行き交う大勢の人には、なぜかみんな顔がない。忙しく動き回る人々の動作には、ちょっとどこかに顔を置き忘れて来ちゃったみたい、というような気軽な感じがした。
全身も銀色で透けていて、目を凝らしてもはっきりと見えない。ぺらぺらに薄く、歩くたびに海の中の海藻みたいにくにゃくにゃと揺れていた。
絶対離れないように、眞心の手をしっかりと握る。
和歌山は怖いところだと思った。
改札口に行くと半袖の白いシャツを着た駅員がいた。とても清潔そうで、海藻みたいな気持ち悪い人間の姿ではなかった。
もう私の力では、どうしようもできない。私は、とうとう自覚した。
ただ眞心にはこの不安を覚られてはいけない。威厳を保たなければ。眞心にとって私は、そのへんの大人たちよりずっと信頼度は高い。あこちゃんはなんでも知っているしなんでもできると思っている。眞心の夢を決して壊すわけにはいかないのだ。
「ん? トガミキタ? トガミキタって、ええ? ここに行こうと思たん? なんで? 河内長野から乗ったんやろ? 全然ちゃうで。ここ、和歌山やで」
知ってるよ。だからどうしたらええか聞いてるんやん。大人のくせにそこは察してほしい。むやみに声が大きくて恥ずかしいヤツ。ほら、みんな見てる。中学生くらいの女の子らが集団でこっち見て笑ってる。清潔そうでもおっさんはデリカシーがないんやから、まったくもう。
清潔そうな駅員は、別の駅員に声をかけた。お父さんに会えないという事態をまるで想定していなかったので、財布の中には十五円しか入っていない。ここからトガミキタまではどのくらいお金がかかるのだろう。喉がからからになった。
「この電車に乗っていけばいいよ。それでミクニガオカで乗り換えんねやで。連絡しといたから、そこの駅員に言うたらちゃんと教えてくれるし。ほら、ここに書いてあげたから、この通り行ったら、ちゃんとトガミキタに行けるから」
「あのう、お金、ないんですけど。あと十五円しか」
「ええよ、ええよ。お金はええから。間違えただけなんやし。さあ、この切符、しっかり持って」
そう言って、清潔駅員はトガミキタ行きの切符を返してくれた。慎重にその切符をポシェットにしまう。振り向くと、清潔駅員ともう一人の駅員が手を振っていた。
眞心は嬉しそうに何度も振り返っては手を振る。腕が根元からもげてしまうんじゃないかと思うくらい、力いっぱいに振る。私もせっかくなので小さく手を振ってみた。
清潔駅員が「間違えただけなんやし」と言ってくれたことが、なんだかすごくほっとした。
そうや、ちょっと間違えただけやねん。連立方程式のXとYを間違えたみたいに。アルトリコーダーの指の押さえる場所を間違えて、ピーって変な音が出てしまったみたいに。たいしたことちゃうねん。
そんなことを考えていたら涙が出そうになって、慌ててこらえた。まだ終わっていない。こんなところで泣いているわけにはいかない。
清潔駅員が渡してくれたメモを見ると、ミクニガオカと書かれていた。あった。ミクニガオカ。やっぱり実在する駅名だった。




