第15話
お母さんの実家は藤井寺にあるけど、元々はみんな東京の人だ。お母さんが二十歳の時に家族全員でこっちに引っ越してきたらしい。
いつもは実家に帰ってもすぐに戻ってきていたが、今度の行き先は東京。私からすれば藤井寺でもかなり遠いし、一人では絶対に行けない。東京なんて想像できないくらい果てしなく遠い場所のように思えた。
東京ってどうやって行くんだろう。新幹線かな、飛行機かな。私はどっちにも乗ったことがないので、どんな感じなのかよくわからない。
こういうときいつもは黙って眞心だけを連れていくのに、私も連れて行こうとしているということは、もう帰って来るつもりがないんだと思った。
まだ私が小学生だった頃は、お母さんがいない世界なんて考えられなかった。お父さんに殴られて、頭とか目の端とかから血を流しているお母さんが、
「葵心、死ぬわ。お母さん、死ぬわ、どうしょう。お母さん、死んだら葵心、悲しんでくれる?」と、よく無茶なことを聞いてきて私を困らせる。
私は眞心みたいに素直に「おかあちゃん、しんだらいやや」とは、言えなかった。
「行かへん」
ぶらんこを勢いよく漕ぐ。
お母さんはびっくりした顔をしたまま固まっていた。なんだか意外。お母さんはよく私のことを「理解できない」と言った。私がここで断るとは思わなかったのかな。
それよりも私には、言わなければいけないことがある。
「お母さん、帰ってきてくれるやろ。待ってるから。私、ずっと待ってるから」
ブランコが揺れるのを足で止めて、お母さんの顔をまっすぐに見た。心臓がばくばくしている。絶対に言おうと決めていたことを伝えると、お母さんは悲しそうな顔をして、なんでよう、なんでようと何回も繰り返して言った。
私にできるのは、お母さんが帰ってくることを信じること、この一択しかない。
どうしてもこの土地を離れるわけにはいかない。
中学生になって、新しく通いはじめたばかりの学校が特別楽しいわけでもなかったけど、私が生きていられるのは、家庭の事情なんて関係がなく、見たままの私をそのまま受け入れてくれる人たちのいる場所に存在することだった。
家の中にいる私と学校の中にいる私は別人だ。どっちが本当の私かはわからないけど、ここを離れると片方の私が死んでしまう。
それはお母さんを失うことよりも、怖いことのように思えた。




