第14話
そうだ。
カレー事件。
忘れもしない、カレー事件。
お母さんがめずらしく仕事から早く帰ってきて、レトルトのカレーライスを作ってくれたことがあった。
お湯で温めるだけなんだけど、私の分だけを作り私が食べている間中、ただ黙って目の前で頬杖をつきにこにこ眺めていた。
じっと見つめられていては、すごく食べにくいし安もんの化粧品の匂いが鼻の奥にへばりついてカレーライスの味は複雑に変化。お母さんはなんだかいつもとは違って嬉しそうで、それがなんだか息苦しい。
半分くらい食べたとき「おいしい?」と聞かれたので、ちょっと悩んで「辛い」と言ってみた。素直においしいって言うより笑ってくれるんじゃないかと思ったから。とにかく恥ずかしかったのでちょっとふざけただけだったんだけど。
だってこの日のお母さんは、本当にとても機嫌が良さそうに見えたから。
でもそう言った途端みるみる顔色は変わり「それじゃ食べなくていい!」と怒鳴ったあと、急に大声で泣き出した。
「あんたがコマーシャル見ていつもおいしそうって言ってるから、誕生日だし買ってきてあげたのに。喜ぶと思ったのに。意味わかんない! あんたって本当に意味わかんない!」
そのあともお母さんはずっとわあわあ泣きっぱなしで、でも私はどうしていいかわからないので、ひたすらカレーを食べていた。
もう味なんてわからないし、ちっともおいしくなんてない。
寝ていた眞心はお母さんの泣き声で起きてきて「おかあちゃん、どしたん? なんでないてんの? ないたらあかんよ。ないたらあかんよ」とお母さんの頭を撫でながら一緒に泣いた。お母さんはしばらくして眞心を抱きしめてまた一層大声で泣いていた。
そうや、あの日、誕生日やったんや。私の。
「ねえ、葵心ちゃん、お母さんと一緒に東京に行けへん? もちろん眞心も一緒にさ」
いきなり核心をついてきたな、と思った。
お母さんは今までにも度々、お父さんと大喧嘩しては眞心を連れて実家に帰ることがあった。さすがの私でも今回の危機は予測することができたし、冷静に考えれば当然あり得る事態だとは思った。




