黒と銀
イギリス支部の誇るGAVA最強の空挺部隊『黒 鷲』。
ラサラス・レオンハートが家柄をフル活用して世界中から掻き集めた15名の才能ある操縦士と、ラサラス本人の計16名で構成される。
ラサラスを守るように前方へ立ち、ミハイルの側頭部へと銃口を向けた黒褐色の肌の女性もまた『黒鷲』に所属する操縦士。
長袖の軍服で隠れているが、それでも顔や耳、手の甲など見える範囲だけでも痛々しい傷が至る所に刻まれている。
黒髪は短く整えられ、飾りっ気など一切無い。
そんな彼女の胸元で、銀色の鷲が象られた勲章だけが煌々と輝いていた。
「なんでだい、ラス?」
「当然、分が悪いからな。銃を下ろせ、ノア」
ノアと呼ばれた女性は、ラサラスからの制止を受けても指を引き金から離さなかった。
ミハイルの影から覗くライフルの銃口が、ラサラスの心臓を捉える限りは。
「……」
男は一言も口にしない。
ただノアがミハイルへと銃口を向けるまでの刹那、彼は重たい銃身を巧みに操り、ラサラスへと瞬時に銃口を向け、この均衡を作り出した。
雪のように白い肌と、それを塗り潰すように刻まれた焼き爛れた右顔面と喉元の切傷。
ミハイルが隣に座る事で、男の傷跡はより一層周囲の目を引く。
その分かりやす過ぎる身体的特徴で、ノアは相手の正体を察した。
直接顔を合わせることはなくとも、彼の戦果は目にしていた。
しかし勝機が無くとも、構えた銃を彼女が引くなど有り得ない。
「大将の脳天ぶち抜くだけなら出来るよ」
「そうなれば僕は死ぬし……お前の首も撥ねられる」
「ッ!」
ラサラスの言葉を聞いて、初めてノアは首元に短刀が押し当てられている事に気付く。
少しでも動けば、頸動脈が断たれていただろう。
刀を握るのは黒の外套に身を包んだ小柄な人物。
直前まで誰にも認識出来ていなかったミハイルからの刺客──
主催である自分ですら認識出来ていなかった"21"人目の参加者の存在に、レグルスは今日初めて目を見開く。
「『銀霞』か」
「報告が遅れてしまい大変申し訳ありません、本部長。ご明察の通り、彼女は新たな『六熾翼』の一人……二代目『銀霞』です」
かつてのモスクワ本部、そして現在はノヴォシビルスク支部が有するGAVA最大規模の組織『白銀兵団』。
その中でも、支部長直下の六名の精鋭達──
それが『六熾翼』である。
その存在故か、ミハイルは側頭部に向けられた銃口に対して恐れを見せない。
それどころか、まるで全てがパフォーマンスであるかのように、21人目の参加者『銀霞』のお披露目まで完了させた。
二枚の銀翼を携えて、ミハイルはラサラスへと顔を向ける。
ノアの銃口が眉間へと向いた今も、ミハイルは飄々とした態度を崩さない。
「ラサラス殿、貴方の製品は私の実績に必要不可欠。賢い決断を──」
「『銀弾』専用電磁狙撃銃」
ラサラスはミハイルの声には一切耳を傾けず、自身の心臓に向けられた銃口、否狙撃銃自体を見つめた。
「それに『銀霞』専用光学迷彩服……すべて僕の物だ。先に手を引くべきは、どっちだ?」
「……はぁ……いつまで構えている。下がれ」
ラサラスの崩れない強気な姿勢にミハイルは諦めを見せた。
ミハイルが冷たく言い放つと『銀弾』は何も言わずに銃を降ろし、『銀霞』は瞬時に皆の視界から消えた。
「貴方は一筋縄では行かないな」
「人を人たらしめるのは物を使うという能力だ。その根幹が崩れない限り、僕はこの世で一番強い」
「なるほど……しかし、貴方のブラックパンサーは全て1体の吸血鬼に──」
「やめろ嫌なこと思い出させるな奴は僕たちが殺す絶対に殺す確実に殺し切る」
ミハイルからの煽りでラサラスは淡々と、しかし一呼吸も置かずに怒りを零した。
それでもラサラスすぐに平静を取り戻し、依然として銃口をミハイルへと向けるノアに声をかけた。
「ノア、もういい。あまり無茶するな」
「アンタの脳は私達にも必要だ。こういう事態になるなら、私は──」
「誓いを忘れるな」
「…………分かったよ、ラス」
不満気な顔を見せつつもノアは銃を降ろし、ラサラスの隣に座った。
「貴重なお時間を奪ってしまい大変申し訳御座いません。我々一同、罰はなんなりと」
「僕は御免だぞ。当然の権利だった」
ミハイルが頭を下げて謝罪したのに対し、ラサラスは椅子に深く腰掛けた体勢を崩さない。
謝意など一切感じられないラサラスの態度に周囲がドンビキする中、レグルスだけが息子の奔放さを諦めたように静観する。
「お前達の苛立ちは理解できる。理由は、どうあれな……今回は不問とする。次は無いぞ」
「承知致しました」
「フン……」
レグルスの言葉を以て、皆は漸く胸を撫で下ろせた。
だがレグルスが睨みを利かせると、すぐに全員姿勢を正した。
「今回の『王の剣』の役割は先行と牽制だろう。本隊、そして『天の炎』と合流すれば我々に打つ手はない」
レグルスは少し目を細め、一息置いてから口を開いた。
彼ですら、口にするのは憚られる言葉だった。
「まず行うべきは、これ以上の侵攻の阻止だ。ウラル山脈より西を危険区域に指定する」
「「「「ッ!」」」」
皆は狼狽えた。
レグルスの発言は、紛れも無い敗走を示していた。




