第五十話
「遺跡? 宝物? そんな話し、聞かないね。もし本当なら探しにいくところさ」
言いながら奥から出てきたのは老婆だった。
正確には店主の母親だそうで、八十歳を幾つか越えたように見受けられたが、背筋も真っ直ぐだし、目も耳もしっかりとしていた。ことに口が最も元気らしく、私にも紅茶を淹れておくれ、と店員に注文を付けると、ボクの隣にどっかと腰をおろし、色々と話しをしてくれた。くれたが、遺跡や宝物とはほとんど関係のない昔話しだった。
「わたしゃ、もう八十を幾つも越えて皺だらけだけどね、あんたたちと同じ時分にはそりゃ別嬪で、たくさんの男どもに言い寄られたもんだよ。もう死んじまった爺さんと結婚するときに、全部燃やしたけれど、ラブレターもたくさんもらったもんさね」
確かに、若かりし頃はそれなりに美しかったのかもしれないが、今では見る影もなく、連れ合いももう亡くなってしまっているだけに、証言の取りようもない。自称美人だ。やがて話しは、若い頃のモテた話しから、この山にまつわる御伽話しへと移っていった。
なんでも、この山は白蛇様を祀っているらしく、山には幾つかの祠もあるらしい。この白蛇様はおっちょこちょいな神様だったらしく、いくつかの失敗譚が伝わっているという。
ある日、白蛇様が山麓で日光浴をしていたところを、一人の若い女が通りがかった。
肌が抜けるように白く、髪を結い上げた首筋が何とも色っぽい。それほど顔の造りは派手ではないものの、切れ長の目が美しく、それほど肉も付いていない体つきも白蛇様好みだった。
白蛇様はその若い女に一目惚れしてしまった。
しかし、どこの誰なのか皆目見当がつかない。このあたりに住んでいる人間であれば大概は知っているはずなのに、全く見覚えのない女だったのだ。
白蛇様は人の姿に化け、話しを聞いて回った。すると、帝都から保養にやってきた貴族の娘ではないかと言う。早速にその別荘へと足を運んでみると、普段は使われていないはずが、確かに人の気配がする。
白蛇様は近くの山荘に滞在しているさる貴族の次男坊だと偽って、彼女が居る山荘へと挨拶に出掛けた。そこにいたのはやはり彼女だった、内心の喜びを押さえつつ、その日は挨拶だけに留めたものの、それからは数日と置かずに彼女を訪れては、おしゃべりを楽しんだ。
保養とはいっても特にどこかが悪いわけでもなく、ちょっとした気分転換に訪れているという彼女も、退屈紛れでもあったのか、白蛇様の来訪を喜んだ。憎からず思われているのだろう、と白蛇様も感じたのか、意を決して思いを伝えた。すると彼女は、今夜、部屋の窓の鍵は開けておくから、来て欲しいという。
白蛇は天にも登る気持ちだっただろう。はやる感情を押さえては夜を待った。
彼女の言った通り、部屋の鍵は開いていた。部屋には微かに明かりが灯り、艶めかしい彼女の姿を照らしていた。
さあ、いよいよというその時、彼女はもう一度、湯を浴びたいと言う。じらされている感じはあったものの、そこは貴族たる者の嗜みを演じ切らなければならない。じっと我慢をして待った。待ちつつ、高ぶった気持ちの反動だろうか、あろうことか眠気を催した白蛇様は、我慢出来ずについ、うとうとしてしまった。
彼女が、湯浴みから戻ってきた。しかし、彼の姿がない。ないが、ベッドがやや乱れ、少し膨らんでいるようにも見える。恐る恐るシーツをはいでみると、そこにはとぐろを巻いて眠っている白蛇様の姿があった。寝てる間に術が解けてしまったのだ。
響き渡る絶叫に、駆けつけてくる侍女や家人たち。白蛇様は文字通りしっぽを巻いて逃げ出し、ついに思いは遂げられなかったという。
「どうだい? なんて間抜けな神様だろうね。でもわたしゃ、蛇は嫌いでもないから、わたしんとこに来てくれればいくらでもお相手してあげたんだがね」
老婆は笑う。
他にも、祠の中で脱皮しようとし、脱皮が始まった時、うっかり扉を締め忘れているのに気が付いた。脱皮が始まっているので、身動きができない。致し方ないと腹を括ったが、その脱皮の姿をとある男に覗かれた上、脱いだ皮を持って逃げられてしまった。蛇の脱皮した皮は、ご利益がある縁起モノだと信じられていて、それが神様のものなら、なおさらに霊験あらたかなはずである。事実、その男は後に事業を興し、トントン拍子で成功を収めたという。
この話には後日談があり、その成功した男が、感謝のしるしとして、白蛇様の祠を作ってくれたという。
「なんだか、とてもユニークというか、人間っぽい神様なんですね、その白蛇様は。とても親近感が湧きますね」
ボクは老婆に向かって言った。
だってそうだろう。いろいろな民話や神話を通して見えてくる神様は、そろいもそろって、とても理不尽で人間なんて眼中にないのが普通なのだ。愛人をたくさん囲って、正妻に見つからないようにあの手この手を尽くす神様もいるし、幼い子供を代償に神託を下す神様もいる。恵みをもたらす大地の神様だって、一度機嫌を損ねれば、住民全てが餓死するような飢饉をもたらす。
「ありがとうございました。とても興味深いお話しでした。お陰で楽しい時間を過ごせて、なんだか得した気分です」
ボクたちは礼を言った。
老婆はこの通りの突き当りに祠がひとつあるから、時間があるならついでに拝んで行けばいい。あんたたちみたいな別嬪が拝んでくれたら、きっと白蛇様も喜んでくれるに違いないよ。もしかしたら、今夜あたり夜這い来るかもしれないから、どこの山荘かも伝えておいた方がいいだろうね。
いったいどちらが白蛇様の好みだろうね? と笑いながら送り出してくれた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、評価などを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】




