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欠落した満月と冷酷な太陽  作者: 武臣 賢
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第二十六話

 玄関口でボクは振り返る。


「もしかしたら、ご両親にはすでに話が伝わっていると思っていました。ボクには好意を持たれていないように見受けてましたが、大きな勘違いをしていたようです。謝罪します」


 ボクは頭を下げた。


「謝罪には及びません。先程もありがとうございました。お互い成すべきを成した。それでいいではありませんか」


 抑揚はないが万感を込めた返事が返ってきた。


「そうですね。あなたの言葉だけで何かが満たされた気がします。見送りありがとうございました。それではここで失礼します」


 ボクはユリスの屋敷を後にした。

 なんとなくだが、過ぎ去る春の夕陽を身体に浴びたかったのだ。執事長もあえて馬車でお送りしましょう、とは言わなかった。


 翌日、少し照れ笑いをしながらユリスが近寄ってきた。


「おはようスミタマ。昨日はありがとう。お陰で久しぶりにお父様、お母様とゆっくりと時間を過ごせたわ。今度はスミタマを招待したいから、そのときは断らないでほしいって、お父様からの言伝よ」


 昨日、晩餐の後は、歩いたり走ったり、曲げたり伸ばしたり、踊ったりと、座っている時間の方が短いぐらいだったのよ、とユリスは笑って言った。今は以前通り車椅子に座り、膝と足首にベルトを着けている。制服の上からは分からないけれども、太腿にも着けているに違いない。


「さてさて、次の試合は三チームでの戦いになるけれども、ユリス、どうする? 今はもう、車椅子に座っているのが不自由に感じられるんじゃないかな?」


 ユリスはもぞもぞと上半身だけを動かすと制服の裾を払って、整える動作をした。


「確かにそうね。人間なんてそんなものかもしれないけれども、ワガママなものなのかしら。スミタマに言われるまでもなく、今までなんて不便な生活をしてたんだって今は思うのだから」


 屋敷ではもう車椅子を使わず、普通に生活しているそうだ。気苦労が絶えない執事長が色々と気を回して、外に漏れる心配はないそうだ。


「ねえ、スミタマ、大会が終わったら、どこかにピクニックに行きましょうよ。お弁当を作って、二人で草原にでもでかけてのんびりってのはどうかしら?」


 自由がひとつ増えると、やりたい何かが十も二十も出てくるようで、他にもまだまだあるらしい。


「それはいいね。でも、できればまずは特別に王宮の庭園でも案内してもらおうかな、試合が全部終わってからだけれども」


 試合はあと二つ。勝てる確率は高いと分かっていても、考えると鼓動は高まり、緊張は募る。

 しかし、ユリスはあっけらかんとして落ち着いたもので、そこは流石に皇家の人間だけあって、場馴れしてもいるし、肝も据わっている。二年ほど、意識して人との接触を避けてきたこれまでだったけれども、ユリスといい執事長といい、人とは接してみて改めて分かるのだと気付かされた。当たり前なのだけれども、その当たり前をボクは知らなさ過ぎる。


「お父様が時服を十着、お母様は靴を十足、プレゼントしてくださるの。今までもたくさんのプレゼントは頂いたの。でもなんだか慰められているみたいで素直に喜べなかった。でも今度は違う。すごく嬉しいの」


 ユリスには、当然だが皇家としてのプライドがある。

 そのプライドと足の不自由さが一緒になって、ちょっとした陰鬱さがあった。それはそれで魅力的な部分ではあったが、やはり女の子には明るい笑顔が一番よく似合う。


「じゃあボクは、全快のお祝いに靴下を十足プレゼントするよ。一番お手軽が残っていて助かったよ。それじゃあ、優勝目指して今日も訓練といこうか、ユリス!」


 ユリスの足は軽快に動いている。

 自分の足に魔導術を付与し、かなりのスピードで部屋の右から左へと高速移動を繰り返しているのだ。それでもまだ、付与された魔導術がしっくりとこないようで、一旦休憩の合間に、熱心に魔導術の術式の組み換えを行っていた。

 ふと見ると、ユリスの腰に見慣れない短剣が吊るされていた。なんでも、家の宝物庫から勝手に持ち出してきたそうで、上等で使用に耐える上質なものを自分で選んできたらしい。いかにもユリスらしいが、後で断りを入れれば問題ないそうだ。

 細かな装飾が施された高価そうな短剣を鞘から抜き放つと、素人目にも分かるほどの逸品で、業物とか大業物とでも呼べるであろう片刃の短剣だった。


「装飾用とか儀仗用とかでなければ、短剣なんてどんどん使ってあげた方が、磨きがかかっていいと思わない?」


 その短剣一本で、何千本の普通の短剣が買えるのかを考えると、そう気楽な話でもなくなってくるが、意に介さないユリスは言う。

 移動術式の組み換えも終わったのかユリスは、おもむろに剣術の教本を取り出して、型を模倣しだした。

 その行為は、ユリスが無知なのではない。型が重要なのではなく、重要だから型になっているのだとユリスは直感している証なのだ。

 一見、我流は強そうに思える。実際、どのように攻撃してくるのかが分からない相手と相対するのは恐ろしい。ボクの得物はちょっと特殊な形をしているのもあって、どちらかと言えば我流に寄っている。これで大概の相手を打ち倒せると確信はしているが、我流はどうしても窮屈を嫌う。その点、型は文字通り型にはめてしまうため実際に身体は窮屈だけれども、それに慣れ、その窮屈さの合理を会得すると、見違えるほど剣術の腕は高みに至る。

 意識しているにしろ、無意識にしろ、その姿を見たボクは、ユリスが剣術においても並々ならない技量とセンスの持ち主だと実感した。

【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、評価などを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

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