第十八話
練習前、殊勝げにもユリスの方から謝ってきた。流石に相談なしに、父親に会わせた昨日の件が心に引っ掛かったらしい。
「昨日はごめんなさい。ああするしか方法がなかったの。公式な面会になるとそれなりに面倒だったりもして、お忍びっていう形にしたの……。本当は騙したくはなかったのだけれど……」
ユリスは口ごもる。
「ボクは別に、怒ってもいないし、気にもしていないよ。えっ、本当に怒ってないかだって? もちろん本当だとも。あれが必要最低限の政事的配慮ってやつで、そのお陰で大会に出場するための免罪符を得たんだから。あとは優勝目指して練習を繰り返すだけさ」
実を言えばああいう機会は必ず必要だと思っていたし、ユリスにも言われていた。むしろ、遅すぎると思っていたぐらいなのだ。王宮や屋敷に呼び出されて、ぐだぐだと御託を並べ立てられた挙げ句、返事はまた後日、なんて展開だって予想されたのだから、気軽に済んでむしろ良かったとも言える。
いつものようにボクはユリスの足をマッサージする。加えて、ユリスをベンチに座らせると足首をもって膝を伸ばす運動を繰り返し、さらに胸に太腿が付くくらいに屈曲させる運動を繰り返した。今まで動いていなかったのだから、筋肉だってほとんど付いていないし、腱だって脆弱なままだろう。食事に気を配ってもらっているのもそのためでもある。
そして、ついに。それはクラス代表選考戦まであと一ヵ月を切ったある日だった。いつものようにマッサージをしていると、ユリスが、あっと声を上げた。
「今、何かに足をなぞられたような気がした。確かにした。スミタマの指の感触だった」
やや興奮気味なユリスを少し落ち着ける。
ボクは、ゆっくりと足の指先からふくらはぎ、脛、太腿へと指を這わしながら確かめていくと、服の上からというよりも、バリバリした紙の上から触られているような感触が下半身全体を覆っているとユリスは言う。
「やっとここまできたって感じだけれども、ここからは感覚が戻ってくるのも早いし、すぐ動くようにもなるだろうね。その日に備えて筋力アップをしておこう、ユリス」
これでユリスの父親であるオルガスを安心させてあげられる。
もちろん、心配し大切に思っているからだろう、何かとボクたちに批判的な執事長も声援を送ってくれるに違いない。そしてなにより、学院中いや国中が沸き立つように驚くに違いない。
ボクはユリスを背負うと、ユリスにボクの首をしっかりと手を回すように言うと、ボクはユリスの膝裏に差し入れている手をゆっくりと抜き取っていく。
「大丈夫。手をしっかりと首からはずさなければ大丈夫だから」
この前の時から気がついていたのだが、ユリスはボクよりも頭半分ほど背が高く、どちらかというとスラリとした体型をしている。
それを再確認しながら、ユリスを背中にぶら下げるようにしながらゆっくり一歩を踏み出す。ユリスは指先だけを地面に付けたまま引きずられる格好になる。そして、今度はユリスを前向きにして、かかとを床に付け、ゆっくりと引っ張っていく。足のムズムズ感はよりはっきりと感じられるようになってきているようで、嬉しさとも相まってクスクスと笑っている。
「ここまできたら急ぐ必要なんてない。そうだなユリス、執事長さんにお願いして、この部屋全体に手すりを作ってもらいたいんだけれど、お願いできるかい?」
早速にも意図を理解したユリスは嬉しそうにコクリと頷いた。
廊下で常に待機している執事長を部屋の中に呼び込むと、ボクは簡単に事情を説明し、間もなくユリスは普通に歩いたり走ったりできるようになると説明した。そのために必要な措置を取らないといけないので力を貸して欲しいと。ゆっくりと頷いた執事長は、静かに涙を流してなかなか顔をあげれない様子だった。
「お、おめでとうございます姫様。そしてありがとうございますスミタマ様」
執事長はとぎれとぎれに話す。
ボクは、ユリスが立って歩きたいという思いが一番であって、彼女の努力があってこそだから、礼には及ばない、それよりこの件は大会の決勝戦ぐらいまでは絶対に外部に漏れないように、手すりを付ける作業にも綿密に気を配って欲しいとだけお願いした。
次の日には手すりが完璧に仕上がっていて、ボクは驚きを隠せなかった。ユリスによると、あれから夜間そして、昼間のボクたちの授業の間に、突貫で作業をしたそうで、執事長自らが作業指揮をとったほどの張り切りようだったとか。
マッサージとストレッチを終えると、手すりの前にイスを据え、ユリスを座らせると、手の力で身体を引き上げて立ち上がる練習をする。もちろんボクが後ろか両脇に手を差し込み、倒れないように細心の注意をはらいながらの訓練になる。腰から下の感覚は順調に戻りつつあり、痺れが取れる直前のような痛痒い感覚に近いはずだ。
この調子ならクラス選抜戦が行われる日までには、もちろん本戦、決勝戦までにはユリスは普通に歩いて走れる。
魔導術の訓練では余裕さえ見せていたユリスだったが、立って座ってと、うっすらと額に汗を浮かべながら必死になって訓練に集中している。
思わず、ボクはなぜだか分からないけれど、その姿をみて、声を出して笑ってしまったほどだった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、評価などを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】




