第十七話
訓練所の扉の向こうにはすでに執事長が待っていて、軽くこちらに会釈をすると、ユリスの車椅子を押していく。
馬車はすでに門脇に待機してあったのか、従者二人で軽々と車椅子を抱えると、車の中に固定する。
「さ、乗って乗って」
ユリスはなんだか、これからピクニックにでも出掛けるようにはしゃいでいる。
その様子に少しは警戒をすべきだったのだろうが、ボクも迂闊だったようだ。吸い込まれるように馬車に乗り込むと、ユリスの他にもうひとり先客が待っていた。
「あっ……。は」
はめられたと、言おうとして思わず言い留まり、態勢を整えてから、スカートの端を軽く指でつまんで挨拶をする。
「初めまして、ボ、いえ私はスミタマと申します。帝国のご温情をちょうだい致しまして官制高等学院に通学し、お姫様とも仲良くしていただいております。こんな所でお目にかかれるとは思いもよらず驚いております。礼を失して大変に恐縮でございます」
さらに言葉をいい継ごうとすると、その先客は手でボクを制した。その仕草はいかにも洗練された紳士そのもので、やや線が細い印象を与えるが、威厳も申し分ないものだった。
「いや、こちらこそ、こんな所で失礼する。本来なら、王宮なり屋敷なりに招待すべきなのだろうが、いろいろと事情も込み入っておってな。初めまして、私はユリスの父親でオルガス・デ・ライデルという。以後お見知りおきをミス・スミタマ」
柔らかい物腰に穏やかな口ぶりだ。
それでいて卑屈にはならず、高圧的でもない。代々受け継がれてきた皇家の血は、多くの修羅場を乗り越えて、このような形で結実するものなのだろう。ユリスと同じ金髪碧眼だが、白髪が多少混じって、髪の色は淡い。鼻筋が通り、端正ではあるが、ユリスほどの美貌というわけではない。しかし、生まれ持った品性の良さが全身から滲み出ているのがよく分かる紳士だった。
ところで、と切り出したオルガスだったが、まさにヤブを突いて蛇を出すような言葉を発してしまったのだった。
「ユリスと一緒に大会に出るそうだが、それは身体の不自由なユリスへの憐憫からだろうか」
その夜、寝所脇の控えの間のソファにうずくまり、頭を抱えるオルガスの姿があった。
その隣には、柔らかで優美な視線をたたえてオルガスを見守る一人の淑女が座っている。彼女はテンデルという名で、オルガスの正妃であり、ユリスの産みの親でもある。ユリスの美貌はより、母親から受け継いでいるようで、大きな瞳に人を惹き付ける魅力が宿っているような美しさの持ち主だ。
オルガスの寝所の反対側にテンデルの寝所がある。三十歳をいくつか越えたテンデルであるがゆえに、同衾する機会はほぼ失われたものの、休む前にはこうして控えの間でしばらくの時間をともに過ごす。これは他の側室などには許されない特別な時間なのだった。
「結局、ユリスとそのスミタマという少女も翻意させられなかったのですね? ま、実を言うと最初から分かってはいたのですが……」
オルガスの威厳を損なわないようにと、語尾は控え目ながら、やけにはっきりとテンデルは言う。
オルガスも、その聡明さを知られ、皇帝陛下からも愛されているが、独特な知恵の巡らせ方は、やはりユリスと良く似ていると思わせるテンデルの口ぶりだ。
「だってあなたはユリスが産まれてから今まで、あの娘には甘々で厳しかった試しなどないんですもの、今回もきっとあの娘の無理なお願いを、お許しになると思っておりましたよ」
オルガスは少し淀んだ目で、テンデルを見上げると、私はまた失敗したのだろうか、と問いかけながら、つい禁句を口にしてしまったのだとテンデルに告げた。
「すると、彼女はむしろ私を憐れむようにこういったよ」
身体の障害と、人の品性や、道徳心の有無、理非善悪は関係ありません、とね。
いくら身体が不自由で憐れむべき人であったとしても、悪事を働いたのなら悪人ですし、障害があるからとって多少の不道徳には目をつぶるのも間違っているでしょう。ユリスは最初から、私だけを見て、パートナーとなるよう懇願しました。そして、まず一番の友達になろうとした。そこに悪心や邪な思いは感じ取れなかった。私と組めば栄誉に近づけるという打算もなかった。もちろん私も自身の富貴や栄達は考えていません。二人は純粋な気持ち、言ってみれば義侠心に近い思いで結ばれ、大会に出場するのです。しかも優勝を目指して。何をもって反対する理由となるでしょうか、と。
「あら、まぁ。それは随分と歯切れの良い娘さんですのね」
感想を言うテンデル。
「歯切れの良いというか、峻厳そのもだったよ。彼女の話は確かに正論なんだが、それとユリスが試合に出て構わないというのは実はあまり関係がない。彼女の姿勢というか、姿に気圧されてしまったんだよ私は」
それで、そのスミタマという少女にはどのような印象をお持ちになられましたのと、更に促すように問いかけるテンデル。
「そうだな、聡明でユリスとは違った目の覚めるような美少女だったよ。そうでありながら総毛が泡立つような恐ろしい娘でもあったね。あの場が真剣での立ち合いなら、そうとは気が付かないうちに私の首と胴が離れていたろうね。ちょっとした化物だなあれは」
多少、武術の心得もあり、政治という気の緩みの許されない場にあって、幾度も修羅場をくぐってきているオルガスの言葉に、まぁ、と口に手を当てながら、テンデルは逆に歯切れ悪く、こうつぶやいたものだ。
「それなら、そんな少女を見初めたあの娘も我が娘ながら化物かもしれませんわね……」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、評価などを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】




