第十五話
「何をぼーっとしてるの、スミタマ? 私の足を触るのはそんなに楽しい時間なのかしら? それとも、別の何かで頭がいっぱいなのかしらね?」
テーブルに両肘を着き、上目遣いでボクの表情を覗き込み、首を傾げるユリスの姿は、まさに車椅子の淑女に相応しく、誰もが虜になるに違いない。
今は女性となってしまったボクでさえ、ドキリとするほど魅力的だ。ユリスのボクへのアプローチはたちまち学院を駆け巡った。ボクがユリスのパートナーとなって大会に出場するかもしれないと知れ渡るや、男子生徒だけでなく、多くの女子生徒からの嫉妬と羨望の視線にボクはさらされてしまったのだ。
「君の足を触るのは楽しい時間だよ。車椅子の淑女のあんな姿、他の誰も知らないんだからね」
二人だけの秘密の話もここでなら、漏れる可能性は低い。なのでこんな憎まれ口も叩けるわけだ。
「それに別の何かも考えていたよ。そうだね、例えば昨日の魔導術の話とかね。もうすでに、ほとんど飲み込んでしまったようだけど、納得はしてもらえたかな?」
彼女の足を治療した折、脳神経にも病巣の可能性を見つけたボクは、他にも問題はないか隈なくチェックをした。
その際、彼女の脳は普通の人間であれば使わない部分まで覚醒し、力はそれまでの限界を遥かに超えているはずだ。魔導術のエキスパートである彼女であれば、つい昨日、話をしたボクの魔導術へのアプローチとその可能性に十分に気が付いている。
「えぇ、分かってる。でも、それじゃあ、今までの授業はなんだったの? って、思っちゃうわね、やっぱり」
昨日今日だし、理解はできても釈然としない彼女の気持ちはよく分かる。
今までの魔導術の常識とは全く違った考え方だからだ。だけど、彼女はすでに正解に行き着いているし、昨夜密かに試してもいるはずだ。彼女の好奇心と向上心がそうさせずにはおかないと、ボクは知っていて昨日の話をしたのだから。
ボクが切り出したのは昨日の今ぐらいの時間だった。
魔導術の練習を繰り返しては、首を傾げる彼女を見て、いたたまれなくなったのだ。ユリスはすでに気づき始めている。今、彼女がやっている魔導術に違和感を感じ始めている。それならば、ボクはユリスの背中を押すまでだ。
「いいかいユリス。とにかく、最後まで話を聞いて欲しい。質問はそれからだ」
ボクはボクがたどり着いた魔導術への考え方をゆっくりと話し始めた。
まず、ボクたちが使っている魔導術のテキストは、間違ってはいなけれど、正解からもかなり遠く、魔導術の本質からすれば、魔導術カタログの、しかもインデックスにすぎない。
高等学院のテキストだからそうなのかもしれないと思って、初等から中等学院、大学院のテキストから、図書館にある魔導術の研究書までいろいろと漁ってみたけれども、ただ単に小難しい表現を並べ立てているだけで、すべてが同じようにボクには見えた。
呪文詠唱が難しければ、それだけ高級な魔法なのか、危険を伴う扱いの難しい魔法なのか。それすら曖昧だった。つまり、研究書を書いた研究者本人にも、分かっていない。
どこにも何も書かれていない。正解はどこにもなかった。ボクは困った。困ったけれど、釈然としないもやもやを払ってしまうためにも、自分で考えるしか手はなかった。
逆に言えば、研究書にも書かれていなかったからこそ確信が持てた。朧げながらだけれども、ボクの考え方が正解に近いかもしれない。
例えば考えてみてほしい。
斧を宙に浮かせ、相手を殴りつけるという魔法があったとする。研究書によると、実際にあり、詠唱する長々とした呪文も書かれてあったが……。長々と呪文を唱えてそれを使ったとして、果たして意味があるかどうかを。
簡単な話だ。斧を直接手に取って相手に殴りかかった方がいい。魔法の杖か何かがあって、不意をつけるのだったらいいかもしれないけれど、魔導術の呪文を詠唱するのだから、それも無理だ。でも、この一見、全く意味のない魔導術にこそ、大きなヒントというか、ボクたちの間違いが隠されている。
魔導術を使って斧を叩きつける。手で持って殴る。目的は一緒だ。殴りつける、あるいは殴りつけて相手を倒す。言ってみたら手を使うのも、魔導術で対応するのも手立てのひとつにしか過ぎない。そう魔導術は手立てのひとつ。
生活していくために役に立つ魔導術もたくさんあるし、戦闘用というか、魔物やモンスター相手に特化された魔導術や、もちろん、手とか足とか道具では再現できない、魔導術にしかできないものだってたくさんある。
でも、どれもがすべて手立てでしかなく、テキストに書かれているのは、魔導術を現出させるための手立てとしての呪文詠唱、つまり手立ての手立てにしかすぎない。
今までに、たくさんの魔導術の天才がいたはずなのだけれど、誰も言及した痕跡がない。呪文詠唱が手立てなら、手立てはひとつだけなんだろうか? ほかにもあるんじゃないかってボクは考えた。
ボクはもう一つたとえ話をする。
ここから、ユリスを屋敷まで送って帰るとすると、どんな手立てがあるか考えてみる。
いつ、誰が、どこで、何を、なぜ、どうやって。まずは、これに当てはめてみるとしよう。いつは、不特定の時間になる、ここを使うのが大会までだとして約三ヶ月。誰がは、誰でもいいけど、蓋然性の高い者からいくと、ボクか執事長か護衛の三者だ。どこでは、ここから屋敷まででひとつ。何をは、ユリスひとり。なぜは、送り返すため。どうやっては、馬車、徒歩、背負って、抱いて、と色々有る上に、道順や道路を通るのか、屋根を歩くのか、地下に穴を掘るのか、これも不特定多数だ。
どうやってユリスを送り届けるか、これを魔導術に当てはめてみる。つまりどうやって魔導術を発現させるか。ユリスを送って行く最良は、ボクが背負って、屋根を伝って最短距離を行く、これが一番早くて安全で確実。では、魔導術は、となると、呪文詠唱ってすごく遠回りで、二度手間、三度手間を掛けているように思えるのだ。
そこでかなり正解にちかいのではないかというボクの見解をユリスに披露する。
呪文詠唱をするから魔導術が発現するのではなく、もともと魔導術はある。そこまで最短距離で行ければいい。つまり、魔導術を発現させるのに呪文詠唱はいらない道だってあるのだ。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、評価などを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】




