005 脱出(1)満天の星空
夕陽も傾き、人気のなくなったオヤシロの裏手──
「それではリューリア姫、よろしゅうござるか?」
「はい。お願いします」
アオケラが広げた布の真ん中にリューリア姫が座る。
イタズが紐を絞り、リューリア姫の姿が袋の中に消える。
「では、ノブ様。参りましょう」
「そうだな。じゃ、行こう」
アオケラを先頭に、リューリア姫の入った袋を背中に背負った大男のイタズが続き、その後に俺、そして最後尾にウィローがつく。
俺は目の前の背負い袋に声をかける。
「窮屈だと思うけど、ちょっとの辛抱だからね。もし眠くなったら、ちょっとでも寝た方がいいよ。遠慮なく寝ててね」
「はい。ありがとうございます」
袋の中から小さく返事が返ってくる。うん、ひとまずは大丈夫そうかな。
アオケラは道を確かめながら軽快に先導し、イタズは安定した足取りで進む。俺もなんとか……たまにウィローが後ろから押してくれたり、アオケラが上から引っ張ってくれたり……
しばらく登ったところで、アオケラがイタズに声をかける。
「イタズ、どうだ?」
「荷様は安らかだ」
確かに、目の前の背負い袋から、かわいいちいさな寝息が規則正しく聞こえる。
「そうか。この状態で寝られるとは、なかなかおおらかな荷様だな。では、もうひと足参ろうか。ウィロー、いいか?」
ウィローは俺の方をみてから、コクリと頷く。
俺たちは道なき道を進み、山岳信仰の聖なる山の肩を越えて、山の向こう側の湖を目指す。
◇ ◇ ◇
「姫、リューリア姫」
深夜の山中、広げた背負い袋の布の上に横たわるリューリア姫を起こす。
「あ、はい。ノブ様? 私、寝てましたか?」
「あはは。アオケラがずいぶん図太いお姫様だって、感心してたよ」
「そうですか。それは光栄です。アオケラ様、ありがとうございます」
「ノブ様、内緒話をバラさんでくだされ。しかし……やはり、お姫様というのはひと味もふた味も違うものなのでござるな」
「あはは。たぶん、リューリア姫が特別なんだと思うよ」
「あの、それはどういう……?」
「いや、なんでもないよ。アオケラはリューリア姫にお礼を言われたから、戸惑ってるだけだよね」
「そうでござる。失礼仕った」
「とにかく、ずっと同じ姿勢は血の巡りが悪くなるから、少し動かさなきゃ。立てるかしら?」
先ほどからリューリア姫の脚をマッサージしていたウィローが手を離し、リューリア姫に声をかける。
「はい。あ──」
「おっとっと。大丈夫?」
立ち上がろうとしてふらついたリューリア姫を俺が抱きとめる。
「あ、はい。すみません」
「ね? 脚が固まっちゃってるだろ? 俺に捕まったままでいいから、こう、脚を曲げ伸ばししてさ」
「は、はい。こうでしょうか……」
「うん。そんな感じ。どう?」
「はい。もう大丈夫そうです」
リューリア姫が俺の手を離す。
「そっか、良かった。じゃあ、しばらく休憩だね。あ、水のむ? 一応、ビスケットくらいならあるけど」
「はい。ありがとうございます」
リューリア姫が脚を伸ばして座った横に、俺も腰をおろす。
「満天の星空だねー」
目も慣れてきててなんとか歩けなくはないけど、こんな月も出てない夜中に深窓のお姫様とならんで星を見上げるって、なんか不思議な感じだな。
あ、いつの間にか、東の空に細い月が上がってきてる。
「へぇー、細い月ってのも綺麗だね」
「はい。綺麗です……」
俺たちは一緒に細い月を眺める。もうすぐ夜が明ける……
「……もう、しん……でも……いい……」
ちいさな声で、リューリア姫が独り言をつぶやく。俺にはギリギリ聞こえてしまった。でも、そのセリフは──
「ダメだ!」
俺が思わず大きな声を出すと、リューリア姫が慌てて両手で口を覆う。
「ノブ様、大きな声を出しちゃだめよ。アオケラ、大丈夫?」
「うむ。今は大丈夫なようだ。ノブ様、気をつけてくだされ」
「ご、ごめん。つい……」
俺が頭を下げると、リューリア姫が申し訳なさそうに、俺を見る。
「すいません。おかしなことをいいました」
「いや、俺こそ……」
気まずい……でも……
「うふっ。アオケラ、そろそろ、行こっか?」
「日の昇らぬうちに湖に出とうござるな。ノブ様、そろそろよろしいか?」
「う、うん、そうだったね……すまん」
イタズが黙って背負い袋を準備し、リューリア姫が袋の中に入る。
やっぱり、リューリア姫は……
−−−
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