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002 聖都(1)ネーネ様

大戦争の3年後、王都からほど近い聖都キヤミーヤ、ネーネ様の私邸──



「あら、ノブくん。早かったじゃない。もうそんな時間?」


「いや、まだ約束の30分前だけどさ。今日はまたとない絶好のチャンスだから遅れないように早めに来なさいって、さんざん言ってたのはネーネ様じゃないですか」


「あら、そうだったかしら? それじゃあ、私はそろそろ王城に行く準備をしなきゃいけない時間ということね?」


今日の昼には、王国の幼王のもとに、帝国から皇帝の孫娘が輿入れしてくる。


前王の正室だった王太后ネーネ様は、すでに王城から出て、聖都の私邸で半ば隠居生活を送っている。とはいえ、今日はもちろん、幼王の義母として式典に参列する。


帝国との和平に尽力したネーネ様は、悲願だった婚礼を見届けた後、正式に王室から退いて、キヤミーヤ大聖堂に入ることになっている。


そんなこともあって、ネーネ様は多忙を極めているはずなんだけど、でも、そんなことよりも今は……


「いや、まあ、あと30分ぐらいは余裕があるから、そんなに急がなくても大丈夫だと思うよ」


「うふふ、そうね。じゃあ、あの娘との別れをもう少しだけ惜しんでから連れてくるわ。ノブくんは、その辺のソファでくつろいでてちょうだい」


王太后ネーネ様が扉のむこうへ消える。


「ふう。やっぱり、早すぎたやん。余裕をもって30分前には来ておきなさいって言ってたのに……まあ、でも……」


俺はネーネ様に言われた通り、豪華なソファに身を預けて思い返す。


敗戦以来、活気を失い沈み込んでいた王都が久しぶりに活気を取り戻して、今日は明るい大祝賀ムードに包まれている。


「だけど、ネーネ様が我が子のように可愛がってきたお姫様だけは……」


大戦争の決着は、王国宰相だったスリーセー様の斬首だった。


正論を振りかざして煙たがられることもあったけど、あの理知的で有能だった宰相様が権力欲なんかで戦争をするはずがない。


それでもスリーセー様は『大悪人』になっちまった……勝者が作る歴史だからな。


──大陸を揺るがした大悪人の……娘。


俺は大きく息を吐いて、ネーネ様が出ていった扉を見る。


「どんなお姫様だろうな……今ごろは、ふたりで泣いてるのかな……」


しばらく、ぼんやりと考えこんでいると、ネーネ様がリューリア姫を伴って戻ってきた。


「おまたせ、連れてきたわよ」


「ネーネ様、もういいの?」


可愛がってきた愛しい娘を最果ての僻地に送り出す。ネーネ様のお歳を考えれば、おそらくは今生の別れになる。


それが最善だとは分かっていても、別れがつらくないはずがない。


「そうね。もうあんまり時間もないし、仕方がないわ。ノブくん、リューリアのこと、任せるわよ。よろしくね」


「うん。それじゃあ──」


ネーネ様の後ろから出てきたちいさな女の子──


にっこりと咲いたお姫様の眩しい笑顔に、俺は言葉を失って固まった。


なんだ? なんで、こんな笑顔なんだ?


ひっそりと隠れ暮らしてきた悲劇のお姫様じゃないのか?


これまで匿ってくれてた優しいネーネ様との悲しい別れじゃないのか?


これからの逃避行に不安はないのか? 怖くないのか?


その後の生活には?


なんでだ? なんで、このお姫様は、こんな風に笑えるんだ?


 ◇ ◇ ◇


今日の祝賀セレモニーのどさくさに紛れて聖都から脱出し、お姫様を避難させる。


王都からも帝都からも遠く離れた北の果ての地、俺の故郷、辺境伯領トーガルへ。


これが、今回、俺に課せられたミッションだ。



−−−

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