リリー15歳〜
☆☆
養父がリリーに拐われてから数ヶ月。彼は未だに帰ってこない。
その間、私は今まで貯めた石を境会に渡したり、便利グッズの提案をしたりと、忙しい日々を送っていた。
だけどここは乙女ゲームの世界だから、ダナーで出会う攻略キャラを探しに、積極的に街に出なきゃならない。
ダナーで出会うのは、ライバルのリリーのお兄様であるグレイ様。彼との親密度を上げるには、まずは弟のメルくんが必須なんだけど、何度も噴水広場に足を運んでも、ぜんぜん出会える気がしない…。
ゲームでは、メルくんは常に噴水広場をうろついていたのに…。
日課になった噴水探索。だけど少し路地に入ると、いつもテンションが底まで落ちる。
異世界は全体的に生活水準が低くて治安も悪い。そして可哀想な子供が多く、彼らは路上で小銭を稼いでいるんだ。
「見てるだけで辛い」
だから私は街ぶらでは貧しい子供をゲットして、家に連れて帰ってご飯を食べさせる。そうしたら、なんだか周りが私のことを、聖女だってあだ名で呼び始めたの。
(これが異世界補正ってやつ? 聖女って、なんか恥ずかしい…)
でも人助けって良いことだよね。だから今日も、メルくんを探しつつ、貧しい子供をゲットしに噴水広場にやって来た。
ーードンッ。
「きゃっ、」
固いなにかにぶつかった。
「いったー…、」
「………」
派手に転んだ私が見上げると、路地裏から出てきてぶつかったのは、灰色のマントの男の人。
「あ、すいません、」
「………」
あっちがぶつかって来たんだけど、もちろん直ぐに謝った。だって首にタトゥーが見えた怖い系。しかもすっごい目つきで睨まれた。怖い。
無言で立ち去った怖い系。絡まれなくて、良かった…。
「お嬢様、境会の方がいらっしゃいました」
「はーーい」
しばらく街ぶらしたけれど、今日は子供もゲットできず、今日もメルくんには会えなかった。
まあでもとりあえず、これから始まる学園生活のために、先にミニゲームをクリアしといて、恋愛はお楽しみにとっておこ!
攻略キャラは四人、せっかくだから、目指すは全員コンプリートだよね!
☆☆
毎年恒例となっていた、マミープロデュースの豪華絢爛お誕生日会。だが私が王族のグーさんを無視したことで気まずくなり、十五歳は身内だけで行った。
内心では、知らない人たちが集う挨拶握手会よりも、顔見知りの警備員たちとの気楽な飲食会だったので、こっちの方が楽しかった。
それはそうとこちらの世界での成人式を終え、今後の進路について、真面目に考えたいと思う。
選択肢は二つ。
悪役からの加害者レベルアップ!
だがサイコパス実験の失敗により、加害者レベルアップ出来なかった私としては、二つ目の選択肢として、脱悪役が掲げられる。
脱・悪・役!
悪役を満喫利用する気は満々だけど、悪役とは、いずれ間抜けにやられることが決まりごと。
なので速やかに、軽やかに、それとなく、なんとなく、悪役というポジションから席を立たなければならないんだ。
脱悪役に欠かせない願望として、第一に生存権の主張、そして次のステージはスローライフや飲食店の開業などがあげられる。
どれもいいよね。
でも、様々な前向き特技を頑張る悪役たちとは違い、私に趣味特技は特にない。
お料理だって、絶品卵焼きとカレーはスマホレシピ無しでいけるかな? いけないかな? フライパンしだいかな? 程度である。
間違ってもパンなんて焼けないよ。おにぎりは握れても、お米なんか炊けないし。
だから飲食店開業の願望は薄めである。
そして特に、田舎暮らしにも今のところ興味が無い。
だって今現在が、大きなお城に住んでたって、山々に囲まれた、まさに田舎暮らしそのものだから。
それに自慢じゃないけど、転生してからのこの衣装、ドレスだって一人じゃ着れないよ。背中の紐なんて、蝶々結び出来っこないよ。
あれ? なんにも出来ないじゃん?
でも近づくのは、あと少しで十六歳という現実。そして十七歳を突破したら、次の時代の幕開けなのだと思ってる。
記念日には、何をしようかな?
むふっ!
苺ケーキ、三段重ねを一人で独占する?
そればっかり考えてる。
だからそのために、必ず悪役を取り外したい。
中学から高校入学。部活は帰宅部で、アルバイトはこれからしようと思っていたが、する前にここに来た。だからバイト経験も無い私。
(脱悪役はいいけど、本当に、何しようかな…)
強権力を持っているなら、なんでもしたい放題でしょ?
そう思うでしょ?
でもそれは、強権力を使う人にもよるのだと、使ってみて初めて実感した。
だってサイコパス実験では、私はパピーの権力を活用しても、気に入らないおじさんにナメられたままだった。
そしておじさんは警備員師匠に取り上げられて、その後は私が施設の立ち入り禁止を言いつけられている…。
私の異世界歴史に、黒色が一枚追加された。
「姫様、お手紙が届きました」
そうこう考えていたらやって来た、グーさんの片道通信。この数年、無視に無視を重ねた私に対し、彼は根気強く、飽きずにたまーに業務連絡をしてくる。
「おや?」
なんと、彼は今年から二年間、学校に通うらしい。グーさんは私よりも一つ上の十六歳。私と似たり寄ったりの家庭教師教育を受けていて、なんだか学習塾にも行っていたみたいだが、この二年は普通の学校に通うって書いてある。
『学園ライフ・・・』
私も行くんだよね? みたいな、これに通わなきゃ流石に貴族でもヤバイよね? みたいな、そんな内容にも読み取れる。
「ふーーん…」
そういえば、うちのスーパークールとヤングレも、定期的に数ヶ月居なくなっていた時期があった。よく考えたら、警備員の子供たちも、最近は見かけないなって事もあった。
よくよく考えたら、私の身のまわりのお世話をしてくれるお姉さんたちも…。
みんな、学校行ってたの…?
なのでお城の中で遭遇した、ヤングレタお兄さまに聞いてみた。
私の武器は、素手と足。
お兄さまはきっと、あの上着の内側に様々な武器を隠し持ってるにちがいない。
ファイトっ!
「メルお兄さまって、スクラローサ王立学院て知ってる?」
「ああ、だから去年、ほとんどこっちに居なかったろ?」
「じゃあ私も、来年から通うのよね」
「………」
おや? 私によく似た、猫目の目つきが鋭くなった。碧色危険信号が点滅している。
「…お前は、行かないだろ」
「なんで? だって来年、十六歳なのよ。貴族の子供は十歳とか、もっと前から通うこも居るらしいわよ」
「なんだそれ、誰がそんなこと言った?」
話の矛先が逸れたので、私はその場をなんとか逃げ出した。
次はマミーに聞いてみよ!
午後のティータイムの前に立ち寄って、お庭に向かうマミーの背中にダーレダって飛び付いた。
「リリー、」
驚いて振り返る美しいマミーは、光を浴びて絵画のよう。キラキラ、まぶし。
一緒に行こうと手をつなぎ、お茶会にゲスト参加させてもらい、知り合いのおば様たちとおやつをつまむ。
そこでさりげなく切り出した学園ライフ。私も来年からなんだよね? って言ってみたら、なんとその場の空気が凍りついた。
アレ、ナンカ、マズイコトイッタ?
その後のお茶会は気まずい感じでお開きになり、なんと、夜はご飯の後に家族会議が開かれることに。
あちこちに出歩いてて、最近は遭遇率低めのレアキャラ、上の兄貴までそろってる。
ヤバくない?
これ、
つるし上げられるんじゃない?
そんな物騒な事を内心では考えていたけれど、つるし上げられることはなく、むしろ学園ライフについてのあれこれを話し合い、結局、なんで行けないのって、私が大騒ぎして皆を困らせて終了した。
さすが悪役。家族を困らせるのはお手のものである。
「……」
過去世でも、間抜けな悪役のミスにより、二人を困らせてしまった事を思い出した。
現在世では、より慎重さが求められる。
あと少し気になる事は、乙女ゲームに必須の学園ライフを無視した場合、よくあるゲーム補正とかはあるのかな? ということだ。
学校行かない方が、生存率は上がるんじゃない?
そう考えてもみたけれど、補正により、無理矢理登校させられるよりも、自分から動いて、状況を見てみないとなんにも出来ないし。
それにもし私が抜けたことによりの、よくあるあるは、他の代役が発生していたり…とかも。
そこもどうなってるのか気になるじゃない?
それならこっちからひっそりと、目立たないように紛れ込むのもありじゃない?
結局は、やっぱり異世界学園に、
行ってみたいだけじゃない?
強権力を背負った私は卑怯にも、絶対に虐められない自信がある。
「おほほほっ」て、パピーの権力を振りかざして、学園番長にメンチ斬ることも出来るんじゃない?
悪役だからこそ、やってみたいことは山盛りある。
ふんすっ。
はしたなくも、握りこぶししたら鼻から闘志がもれ出た。今日の警備員はマナーにうるさくない方だけど、定期的にお愛想だけはふっておこっ。
にこっ!
「……」
イケメンは、無言で微笑んでうなずいた。
私のレディーマナー違反は、無効化されたのを確認した。
今日の警備員はローデルートさん二十一歳のイケメンだ。彼の実家であるグラン・グラス家はマミーの実家でもある。
つまり、マミーの兄弟の子供。私とは従兄弟関係にあるローデルートさんは、黒髪で碧目の一族だ。
グレているけどイケメンだと自負している、メルお兄さまより、なぜか雰囲気はクールなグレイお兄さまにとってもよく似ている。
こんなところに立たせておくのが惜しいほどのイケメンぶり。
繁華街をふらついただけで、スカウトされちゃうんじゃない?
きっと彼にもお兄さまたちと同じく、やることが山ほどあるのだろうが、そこは強権力を持つ我が家の圧力に屈してしまっている。
最初から大人もいたけれど、私と共にすくすく成長している警備員たち。日替わりではあるけれど、スマホも無しに長時間、いつも私の監視をさせて、彼らの時間を無駄にしている。
だからこそ、なおさら私が入学して、彼らを解放してあげなくてはね。
(とりあえず、ヒロインに出会したって、なんとか逃げる方法もあるかもしれないかもしれないのだし。ヒロインと話が合えば、平和に過ごせるかもしれないし)
前向き。
ふんすっ。
がぜんやる気が出てきた私。
その日から、学園ライフの入学の手続きを、あれこれ検索してみることにした。
でもスマホでね、タタタッて、押したらなんでも教えてくれる検索機能。
ないんだよね。そうだよね。
スマホ自体がないんだよね。
だから悪の家のマップを活用し、調べものといえばあそこしかないよね、の、自宅図書館に行ってみたけど…。
結論から言うと、そこでの収穫はゼロだった。
そもそも入学手続きってさ、やっぱり子供独自じゃ無理じゃない?
一応私、十五歳で成年として孤児院運営は任されたけど、入学手続きって、自分で出来るものなの?
保護者の印鑑を求められたら即アウト。
この件に関しては、警備員も総出で私の敵にまわっている。
(誰にもきけない。もちろん仲良しのお庭のおじちゃんにも…)
過去に迷惑をかけた人々には、絶対に相談するなと冷酷ファミリーの瞳が語っている。
しないよ、もう。
なんにも知らなかった子供じゃないしね。
「?」
とぼとぼとお部屋に帰宅すると、またも手紙が届けられていた。
たまーにじゃなくて、今回は三日後にやって来たグーさんの片道通信。
「もう来たの? 早くない?」
あれだけブロックしていたのに。
これってまさか、
マゾヒスト?
そんな疑惑を浮かべたまま、既読を開始する私。まあきっと、先日のお手紙では学生寮から通うと書かれていたので、ホームシックで寂しいのかな。
「ん…?」
だが今回の手紙は、グーさんが王族の権力を活かして、私の入学を手伝ってくれるような内容だった。
それって裏口入学?
「悪役っぽいけど、なんかしっくりこないよね…」
悪役は悪役なりに、堂々と正門から入学したいのが本音。
こそこそ裏口から入学したくはない。
この情報をくれたグーさんに、聞いてみようかな…。
(グーさんが王族で、死亡フラグかと警戒していたんだけど、グーさん、四番目なんだよね…)
四番目って、きっと脇役にも登場しない、名前だけのモブ率が高そうだよね…。
よし!
だから久しぶりにブロック解除して、返信を書いてみた。どうゆう事なのか、詳しい内容を教えてねって。
待つこと三日。
そしたらどうやら裏口ではないらしく、堂々と正門から通学してもいいみたい。しかも保護者の印鑑は必要なし。
いいじゃん……。
なので親兄弟には黙って、こっそり進学希望を出してみた。
**
ムフッ!
本決まりした、学園ライフ!
見て見て、王様の印鑑が押されてる入学許可証!
この裏工作を知ったときの、パピーとマミー、そして二人の兄の驚きようといったら、それは見物だった。
最近は、両親よりも、威圧的なブラザーズ。
無言になった超クールお兄さまに、怒りに歯をギリギリと剥き出したやんちゃな不良お兄さま。
でも今さら怖くないよ!
だってお兄さまたちは、なんだかんだいって、私にとーっても甘いんだから。
だてに長年、ゴマをすり続けてきたわけじゃない。
兄弟がどこで何にキレるのか、または何にはしゃぐのかを、冷静に観察出来るのは末っ子の特権なの。
過去世では一人っ子だった私。実は兄弟姉妹に憧れていたからね。
二人の兄は、いい観察対象であった。
ムフフッ!
これって悪役、レベルアップしたんじゃない?
あれ?
それってあまり、よくないレベルアップじゃない?




