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ダナー・ステイ領十枝の一族であるフランビア侯爵家は、調停官と呼ばれている。護衛と兼任し、家庭教師の一人でもあるルール・ラングから学びを受けたリリーは、授業中に何かを言った。
「これって、『カウンセラー』みたいな感じ?」
争い事の調停として特化したフランビア家だったが、譲歩や和解の授業中、ある項目で聞きなれない言葉にルールはまじまじとリリーを見た。
「なんですって?」
『カウンセラー』
「??」
靄がかかったように、そこだけがはっきりと聞き取れない。首を傾げながらもルールはその日の授業を終了した。
*
孤児院の運営を任されたリリーは、院長を始めとする職員の身体検査を行った。
学力、生育歴、奉仕活動の有無、暴力行為の有無、性犯罪歴の有無。そして審査を通過した者には、新たな誓約書に署名させられた。
暴行を行った者は、解雇及び厳罰を与える。
それは入所する子供も同様で、暴力行為を行う者は病人として、病院施設に移動させるというものだった。
この規則には職員も子供も困惑し、上手く行かないと思っていた新体制だったが、意外にも、今のところは問題なく進んでいるという。
審査官が要因を問うと、それはフランビアの調停官の役割も大きいと、孤児院のもの達からの声でわかった。
「本来の役割とは少し違うのですが、我々は主に皆さんの悩みを聞いて、それをまとめ、院長と管理者様に報告しています」
「悩みを聞く…」
「そうですね。人間関係から配給菓子の量に至るまで、それぞれ様々です」
リリーは、フランビア領で学んだ学生を孤児院に数人配置させ、彼らは主に、職員と子供たちの愚痴を聞かされているという。
厳しい顔の審査官を前に、初めての審査に緊張が隠せないリリーは、息をつめて結果を待つ。数枚の用紙を確認した審査官は、厳かに口を開いた。
「まだ数ヶ月ですので、今後どうなるかは分かりませんが、現在の運営に問題はないと、大公閣下に報告致します」
「良かった、皆様のおかげね! ……でも一番は、私が優秀だからと、お父様にお伝えしてね!」
だがこの評価に、一緒に審査官の評価を聞いていた孤児院の院長は、子供たちと遊びに行ったリリーの姿を見送って、ふと表情を曇らせて打ち明けた。
「管理者様の事なのですが…」
週に二度の訪問で、リリーが必ず子供たちに教える言葉がある。
ーー「強くならないと駄目なのよ。殺されないように、強くなるの。殺されてからでは悲しいでしょ?」
この言葉に、運営を任されている院長は、リリーからの信用を得ていないと落ち込んでいた。
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左側の枷は、同じく右側にもあると知っている。
彼らは、王による直接の言葉に逆らう事が出来ない。
それを利用して、右側を操る事の手駒にしようと、リリーに手紙を送り続けた。
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入学してから絶え間なく、女子生徒から様々な集いに誘われているグランディア。表向き穏やかに断りを入れているが、溜まった苛立ちは剣術により同級生に容赦なく吐き出される。
自律と融和、創造性を掲げる学園の方針により、どの立場のものも、基本的に命に関わる争い事を禁じられているが、優劣を測る授業は、才能の開花と称して限度がない。
グランディアはこれを利用し、剣術の授業で容赦なく対戦相手をいたぶり、打ちのめしてきた。
その二面性を見守ってきた護衛のサイだったが、珍しく音を立てて走り寄ってきたグランディアに、何事かと緊張した。
*
「サイ、聞いてよ!」
今までのグランディアには見たことのない、純粋な少年の笑顔。
「あの娘、僕の手紙を捨ててるんだって!」
「…それは、何かの間違いでは、」
王子からの手紙を捨てるという衝撃の内容に、困惑したサイは思い違いだと否定する。しかしグランディアは、証拠だと言って焼かれた紙切れを取り出した。
焼け焦げた高級な用紙の一片に、確かにグランディアの筆跡が残っている。それを見て蒼白になったサイは、ハッと気がついた。
「これは、また左側の諜報を、右側に使ったのですか?」
「変わった娘だとは思っていたけど、ここまでとはね」
言葉とは裏腹に、グランディアはとても嬉々としている。
以前から、右側に放ったスパイにより、グランディアの手紙はリリーに渡っているとは知っていた。
返信を返さないのは本人の意思ではなく、婚約に乗り気ではない、大公の命令だとも思っていたのだが、詳細を調べさせると、リリーはグランディアの手紙を自ら暖炉で燃しているという。
これに激怒したグランディアだったが、なぜかそれを護衛のサイに、とても嬉しそうに語っていた。
「面白いね。あの娘、本当に面白い」
そう言ったグランディアは、同じ様に火にくべようと溜まった手紙を暖炉に運んでいたが、何を思ったのか立ち止まると、戻って再び箱にしまっている。
「ここまで苦労したんだもの、なんとしても利用しなくてはね。その資料として、これはまだ、とっておくよ」
「…そうですね」
グランディアは言ったが、風に舞って偶然サイが手にしたリリーの手紙の一枚には、ステイ領にしか咲かない花の押し花が挟んであった。
「何か見た?」
「いえ。何も」
素早く回収すると貴重品箱に向かう。その途中、あっと、何かを閃いたのか、笑顔でサイを振り返った。
「そうだよ、ダナーに行けないのなら、こちらに来てもらえばいいよね」
✳✳
「また来たんだってさ、王子様からの手紙」
「お可哀想ねぇー、クスクスッ」
忙しく動き回る厨房、洗濯場、侍従たちの休憩室まで、その噂は広まっている。
定期的に届く、返信の返らない第四王子からの手紙。受けとるリリーが燃やしていたことが発覚すると、今では一族で第四王子を憐れだと笑っていた。
「そういえば、あれからお姿を見ないわよね」
「いくら王様の許可を得たって、お嬢様に婚約者だと認めてもらえなくて無視されてるなんて、格好悪くて顔出せないだろ?」
「馬鹿ね、わざと言ったのよ。だって第四王子って、あの左側の血が、半分混ざっているんだから、うちのお嬢様を婚約者だなんて、図々しいわ」
**
「おや?」
「?」
いつも無言で眺めてから、くるくる丸めて暖炉に放る。第四王子からのしつこい連絡に、同じ男として憐憫と嫌悪を感じていたメイヴァーは、珍しく長考のリリーに注目した。
『学園ライフ・・・』
「?」
リリーは、聞き取れない言葉をたまに口にする。護衛の一人が興味を持ってそれに注目したことが過去にあるが、何語かも分からず、自分で再現が出来ないらしい。
「ふーん…」
「どうされたのですか?」
「そうだ、メイヴァー様って……」
「?」
「なんでもない。やっぱりいいわ」
言ったリリーは手紙を燃すために暖炉の間には行かず、それを手にしたまま寝室へ移動し再び応接間に戻ってきた。
その手には、あの手紙は握られていない。腑に落ちないメイヴァーだったが、内容は、直ぐに分かる事となった。
*
メルヴィウスの姿を見かけると、突然駆け出した。廊下の端から走ってきた妹を笑顔で待っていたメルヴィウスだったが、意気込んだリリーの質問にきょとんと碧い目を見開く。
「メルお兄さまって、スクラローサ王立学院て知ってる?」
「ああ、だから去年、ほとんどこっちに居なかったろ?」
「じゃあ私も、来年から通うのよね」
「………」
(これか…。さすが左側の血筋だな。煩わしいことをする)
いつも燃やされるはずの手紙が、今回は保管された理由。それに気づいたメイヴァーは、内心で送り主に苛立ち悪態を吐いた。
見ると問われたメルヴィウスも、不機嫌を顕に目を眇めている。
「…お前は、行かないだろ」
「なんで? だって来年、十六歳なのよ。貴族の子供は十歳とか、もっと前から通うこも居るらしいわよ」
「なんだそれ、誰がそんなこと言った?」
「…誰でもないわよ。私が自分で調べたの。優秀でしょ?」
「……」
「えへへっ」
「あ、こら!」
明らかに嘘をついて走り逃げたリリー。それを追いかけようとしたメルヴィウスだが、代わりに走り出したメイヴァーの意味深な会釈に、やましく逃げたリリーを仕方なく見送った。
「行かすワケねーだろ、あんな所。来年は十六なんだぞ。……おい」
後方に待機していたメルヴィウスの護衛は、主と同じ様に魔除けを肌に刻んでいる。その一人をメルヴィウスは呼びつけた。
「リリーにおかしな事を吹き込んだ者がいる。探し出せ」




