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だって私は、真の悪役なのだから。(改訂)  作者: wawa


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7

 

  「だーれだっ!」


 庭園に続く露台、色とりどりの硝子の庇からは光が溢れる。お茶会に行く途中、歩みを進めていた大公夫人に、突然背後から何かが飛び付いた。


  「っ、」


  予想しない位置から飛び出てきて、大公夫人に抱き付いた。それに従者と侍女は一瞬緊張に青ざめる。


  夫人は、他者との身体的接触を極端に嫌う。必要な時以外は、夫である大公との触れ合いも望まない。


  「リリー、」


  だがそれを許されるのは、娘のリリーただ一人だった。


  振り向いた大公夫人の素晴らしい笑顔に、周囲のものたちは安堵に胸を撫で下ろした。


  「お母様のお茶会、私もご一緒してもいいですか?」


  「もちろんだ」


  にっこり笑うリリーは、紳士のように腕を出すと手を伸ばした夫人の手を取り歩き出す。それを供のものたちは、微笑ましく見つめていた。



  「大公夫人と姫様に、黒の安息を感謝致します」


  柔らかい日差しがと穏やかな風が心地よい、庭園の中央に位置するのは美しい花々に囲まれる東屋。そこに珍しく同伴する秘宝の令嬢リリーとのお茶会に、招待された夫人たちはお茶を楽しんでいた。いつもよりも微笑みの多い大公夫人に穏やかに時が進むなか、口を拭いたリリーが会話の合間に突如切り出した。


  「そういえば、エレクト様は、最近皆様よりもお見かけしないけれど、お兄様たちと同じく、スクラローサ王立学院に通われているのかしら?」


  リリーの口から飛び出した学院の名前に、夫人たちはどうするべきか大公夫人の顔色を窺う。だが瞳を輝かせるリリーを前に、エレクトの母であるプラン伯爵夫人は言葉少なく返答した。


  「…そうですね。少し前から通っています」


  「エレクト様は私よりも一つ下、あ、ノース様のところのフィオラは二つ下だから、そろそろ通われるのよね?」


  ぎくりと身体が強張った。今度は自分にきたのだと、ノース伯爵夫人も重い口を開く。


  「…ええ、その時期になれば」


  「では私は来年通うのかしら? スクラローサ王国の貴族ならば、必ず行かないといけないのでしょう?」



  「………………」



  その場の空気が、大公夫人の周囲から変わっていく。口を開くものは更に少なくなり、昼下がりの庭園に笑い声は無く、茶器の音だけが微かに聞こえる。


  「お母様、ご気分が悪そうね?」


  母親の顔色を窺い、無言になった夫人たちを目だけで見回すリリー。


  「皆、今日は有意義な時を過ごした。リリエル、行きますよ」


  席を立つ大公夫人と共に立ち上がり、来客は優雅に礼をとる。


  遅れて立ち上がったリリーも社交の挨拶を済ませると、足早に母親の後を追った。



 **



  その日の夕刻、ダナー城に食料品を運び込む男の一人が拷問を受け自害した。


  男はアトワのスパイであったが、雇い主の名前は明かさなかった。


  「メイヴァーの報告通り、第四王子の手先であることは間違い無いが、忠義心まであるとは驚きだ」


  「左側(アトワ)のやることです。この者は人質でもいたのかもしれません」


  「ははっ。あり得るな」


  証拠として使えなかったものを見下ろし、メルヴィウスは血の付いた手袋を外して捨てる。


  「さあ、そろそろ行くか。リリーが腹を空かせて待っている」

 


 **



  久しぶりに家族四人が揃った夕食だが、何かを察したのか、リリーは普段より大人しい。そして食後に呼び出されると、理由を言う前にがっくりと項垂れた。


  「三年間、戯れを見逃してやっていたが、度が過ぎた」


  「王の蝋印を押せば、我らが手出し出来ないと、勘違いしているのです」


  父親と母親の怒りに、少女は気まずく目を逸らす。リリーの寝室の引き出しにしまわれていた手紙は、今はテーブルの真ん中に置かれていた。


  「…………」


  リリーは、第四王子からの手紙を皆から追及された。


  初めこそ俯いていたリリーだが、交わされるグランディアの手紙の内容に学院の話が出ると、そこで蒼い瞳を座らせた。



  「なんで私、学院に行っては駄目なの?」



  「必要が無いからだ」


  厳しくグレインフェルドに断言された。いつもはここで諦めるリリーだが、今回は目線を逸らさず言い返す。


  「私だけ? 皆様は、お兄様たちだって行ってるのに」


  「あんなつまらない場所、時間の無駄だ」


  吐き捨てる様にメルヴィウスが言えば、それに同意したグレインフェルドが言葉を繋ぐ。


  「あそこはただ、社交の場を小さくしただけの模擬訓練だ。あの場が本当に必要なものは庶民。学院は、下流貴族との繋がりを庶民にも与えるという、それだけのもの」


  「でも私たち貴族は、色々な人たちとお仕事するでしょう? その庶民の皆様が働いてくれているから、彼らの税金で私たちがあるって、この前の講義で習ったわ!」


  「ほら、それだけ知っていれば充分だろ。結局は、それが理解出来ない奴がいるから、俺たちまで全部通えって王が言っただけなんだよ。リリーはそれを知ってるんだから、あんなとこ、行かなくてもいいじゃないか」


  「…………っ!」


  メルヴィウスの言葉に、リリーは怒りで下唇を強く噛み締めた。それを夫人が嗜めようと進み出ると、今度は大きな瞳から涙が溢れ出る。


  「せっかくお父様とお母様の子供に生まれてきたのだもの! もっともっと、私の家族は素敵なのよって、王様にも、アトワにも、庶民の皆様にも、私が教えてあげたいのにっ!!」


  「リリー、」


  「なんでいっつも、私だけ、皆と違う!!!」


  大声で涙を流した妹に、メルヴィウスは慌てて宥めようとする。そして我が儘に喚いた娘が、自分たちを誇って泣いたことに、大公も夫人も困り果て口をつぐんだ。


 扉から出てきたリリーの潤んだ瞳、長いまつ毛は涙の雫で濡れている。廊下で控えていたローデルートはそれに目を見開いたが、室内に漂う剣呑な雰囲気に口を噤んでリリーの後を追った。


 (姫様、学院の件で…)


 ダナーで大切に保護されてきた宝玉は、十五歳で初めて外出し城外の世界を知った。そんなリリーに、学院という知識をつけたアトワの血を持つ王子グランディア。


 自分たちが大切に大切に護ってきたひな鳥に、汚い手を伸ばしてきた敵にローデルートの苛立ちは募る。


「?」


  だが彼は自室に戻ったリリーの行動に、何度も目を瞬かせた。悲しげに窓から外の世界を見つめていると思っていた少女は、興味津々の幼児のように硝子窓に映る姿に格好つけて微笑んでいる。そして真顔になったかと思えば手を腰にあて、顎を少し上げてにやりとまた笑った。


  「……」


  満足がいかなかったのか、今度は下から上に顔を上げると、とても悪い顔をして睨みをきかせる。


  (…姫様、)


  それを壁際で見ていたローデルートは、ゆくゆくは直属の上官となるグレインフェルドに報告しなければならないと、リリーの一部始終を観察していた。


  (悲しみが募りすぎたのか? 何かを表現している…)


  鏡のように磨かれた窓硝子に、あれこれと姿を変える。そして決意した様に握りこぶしを握ると、空気の漏れる音がした。


  「……」

  「…!」


  振り返ったリリーが、ローデルートの存在に気がついて赤面した。そして様子を窺い愛想笑いに笑顔を作った。それに微笑んで返したが、内心では、これを報告するべきか考え始めた。


  (何か、聞いてはいけない音を聞いたような…)


  見るとリリーは、気不味そうに硝子越しにローデルートを見つめている。何かを思い詰める様に、真摯に見つめ続けている。


  (分かりました。これは報告しません)


  グランの最終擁護官と呼ばれる家門にかけて、リリーの秘密を守ろうと誓ったローデルートだが、握りこぶしを再び握ったリリーから、また秘密の音が漏れ聞こえた。



 **



  翌日、リリーは朝から図書室に入り浸り、分かりやすく学院に関する本ばかり読んでいた。


  この件に関しては、手助けしてはいけないと会議で決定されたため、セセンテァも心を鬼にして見て見ぬふりを続けている。


  (こんな所に、入学資料なんて無いのになぁー)


  学院の建築様式や創設理由。だが数多くの書物には、リリーが望んでいる項目は何処にもない。


  入学に関しては、王か後見人が許可の権利を握っている。スクラローサ王立学院に個人が入学したいと願っても、必ず後ろ楯が必要となっているのだ。


  「ふぅ、」


  長い時を過ごしてから、しょんぼりと分厚い学院の歴史書を閉じる。そして見るからに落ち込んで自室を目指したリリーに、いつもは冷やかすセセンテァは言葉をかけなかった。


  「お嬢様、お手紙が届いております」


  自室に着くと、待機していた侍女が手紙を差し出した。特別な王家の紋で封じられた手紙は、受け取った本人しか開封を許されない。


  「もう来たの?早くない?」


  リリーと同じく、間をあけずに届いた第四王子からの手紙に驚き、セセンテァはそれを嫌悪に見た。


  「ん…? 悪役っぽいけど、なんかしっくりこないよね…」


  腑に落ちない。そんなリリーの表情はグランディアからの手紙を喜んでいる様子はない。それにセセンテァは安堵したが、業務命令を冷酷にリリーに告げた。


  「大公閣下に内容をご報告します。こちらに」


  差し出された長い腕。


  中身を全て読んだリリーは、少し離れて待機するセセンテァを確認すると、暖炉の傍で立ち止まる。


  「…………えいっ!」


  「あっ、」


  放られた用紙は、一気に火の中で黒くなり、パキパキと爆ぜ始めた。


  「たいした内容じゃなかったわよ。前と同じ。学院に行かないのかって。そんな内容よ」


  「姫様、」


  「私宛のお手紙がテーブルの真ん中に広げられて、お父様とお母様とお兄様たちに囲まれて、この前みたいな深刻な話し合いは嫌なの」


  「…はぁ、」


  「あ、そうだ」


  リリーは閃いたと机に向かうと、用紙を広げて準備を始める。


  「何をするのですか? …まさか」


  「久しぶりに、お返事するのよ」


  「姫様、第四王子とは、王族とは関わり合わない方がいいですよ。ろくな事はありません。姫様が嫌っている事も国民に伝わってますので、そのうち婚約も破棄されるでしょう」


  「大丈夫なの。グランディア様は四番目だから」


  「?」


  意味が分からず溜め息を吐いたセセンテァは、再びリリーに釘を刺した。


  「それも閣下に報告しなければなりませんが。いいんですか?」


  厳しさというよりも、悲しさを含んだセセンテァの問いかけ。だがリリーはそれに強く頷いた。


  「いいわよ。どうして私にお手紙するのか、内容を教えてねって。それだけだもの」


  検閲に中身を確かめると、確かにそれだけが記されていた。だが気遣いとしてリリーが行う、自慢の花壇の贈り物。それが同封されていたことに、セセンテァは歯の奥を食いしばった。



 **



  「無い」


  いつも同封されていた珍しい青い花が入っていなかった。更に素っ気なく短い文面を見て、グランディアは考えた。


  (少し前から、ラナンからの連絡も途絶えた)


  部下の死を想定内に進めた策略だったが、自分の人選の甘さに苛立ちを覚える。


  再びリリーの短い文面に目を落としたグランディアは、「検閲が厳しくなったのか」と呟いた。


  「殿下? いかがなさいましたか?」


  「いや、独り言だ」


  折り畳まれた用紙をしまう。貴賓が使用する特別寮の一室から見下ろしたのは、同年代のもの達が通う巨大な学舎。興味がなさそうにそれを見ていたグランディアは、リリーと同じ、黒髪の少女が通り過ぎるのを目で追った。


  (ならばこちらにも、考えはあるけどね)


 

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