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「なんなんだ、なんなんだあんたら、」
「我々が分からぬのか?」
黒衣装の騎士たちに囲まれても、貴族の男は彼らの正体が分からない。この街の幼い子供までが知っている常識を知らない者に、トライオンは男が旅客かと思った。
「その子供、いや、お嬢さんは、何処の家の子なんだ!」
無理やり跪かされた肥えた男。その前に進み出た黒髪の少女は、スッと蒼い瞳を眇める。
「私はステイ大公家のリリエル・ダナー。あなたのお名前は?」
「!!」
ただの領主ではない。大公領の主の称号に、少女の立場を知った男はガクガクと震え出す。
「わ、私はその、あの、」
要領の得ない言葉を吐き続ける。それを見て、大公家の令嬢は護衛に言いつけた。
「連れていって。聞きたいことがあるの」
「一体、私は、私が、何をしたんですか!!」
人々が恐々と見物する中、捕らえられた男の悲鳴が響き渡る。その様子を、蒼い瞳はつぶさに見つめていた。
「何をしたからこうなったのか、あなたは、考えたら理解できるのかしら」
「?」
少女の言葉に疑問を持ったのは、言われた本人ではなく護衛たち。賑やかな市場の空気は一変し、悲鳴を封じられて引き立てられた男を、周囲は息を詰めて見守った。
男が連れ去られた後、路地裏に打ち捨てられた少年の元へと向かう。するとリリーは、馬車に少年を乗せるようにと護衛に言った。
「なりません」
だが今度は、筆頭護衛のトライオンに厳しくたしなめられる。
「怪我人なのよ。緊急事態よ」
「緊急性はありません。オウロ卿!」
「大丈夫ですよ姫様。私の部下が運びます」
セセンテァの指示で、踞る少年は騎士の一人の馬上に引き上げられる。それを不満に見ていた主の少女だったが、そこで、路地裏から出てきた自分を見つめる、人々の視線に気がついた。
興味、恐怖、嫌悪、忌避。
「…さすが悪役ね」
「何か?」
ナーラの言葉に首を振る。少女は護衛に護られその場を去り、市場には、徐々にいつもの賑わいが戻り始めた。
**
「男の名前はケーブ・ロッド。三ヶ月ほど前に、王都でクロス男爵位を受けた者です」
「さすが監視官と言うべきか。もう知っていたとは、素早い情報収集だな」
十枝の一つ、パイオドの監視官と呼ばれる侯爵家。その跡取りであるセセンテァは、そうではないと首を振る。
「いえ。たまたま彼は、別件で調べていたもので」
大公令嬢への不敬罪で捕らえられたケーブ・ロッドだったが、現場に居たセセンテァは驚いた。
「別件か」
「周辺の調査では、先月城下に屋敷を買ったばかりとか」
「その前は、王都に居たのか?」
「いえそれが、どうやらのデータの森外れに木こりとして滞在していたようです」
データの森の名に、セセンテァはケーブ・ロッドの幻獣狩りの疑惑を確信していた。だが聞いたトライオンは、男の前職に首を傾げる。
「木こりが、男爵位か。それは確かに裏がありそうだ」
「全て姫様のお手柄です」
「……」
軽くため息を吐いたトライオンは、リリーの様子に疑念を抱く。
ダナー城の中で、普段は明るく穏やかなリリー。だが少女は、幼い者への躾に関して、過剰に干渉する癖がある。
(今回も、正にその過剰な干渉によるものだ。だが、)
リリーは問い掛けに終わらず、今回、加害行動を行った貴族を刑務場へ送るよう指示をした。そして男を自ら尋問し、刑務作業を行わせている。
傷つけられた少年はもともと孤児だったが、ロッド夫婦の娘の声かけにより、屋敷で働き始めたばかりだったという。
その少年は傷を癒し、今は孤児院に引き取られていた。
「そういえば、孤児院でもクロスの名を聞いたな」
リリーと子供たちに遮られたが、院長はトライオンにクロス男爵の名を告げていた。
「慈善事業を隠れ蓑に弱者を虐げる者はいると思いますが、クロスもその類いなのでは?」
**
リリーは、ケーブ・ロッド・クロスの行為を、簡単には許さなかった。
「自分が行った暴行、その意味を、理解できるのかしら」
その言葉通りに、クロスを追及し続けていた。
ケーブ・ロッドにしてみれば、使用人の不手際を、主が咎めただけの正当な行為。新しい屋敷に引っ越して、増やした孤児の使用人の生意気な態度を躾ただけだった。
「あの者は、元は娼館街で塵あさりをしていた浮浪児なのです。それを、私が不憫に思い雇いいれたのです。素行も悪く、勤めて日が浅いため、仕方なく手を出しただけなのです、」
「……」
「その私が、なぜこんな目に、」
何度か問答を繰り返し、泣き崩れる男に背を向ける。リリーの中の躾の基準。それが理解出来るまで刑務作業場で労働をさせ、そして考えさせ続けると言っていた。
これを傍で見守る護衛たちは、難しい思いでリリーを見ていた。
(尋問と言うよりは、ただの面談なんだけど…)
プランの尋問官と呼ばれる家の跡取りであるエレクトは、様々な尋問の仕方を学んでいる。特に敵や犯罪者に対して苛烈に行われるそれを見てきたエレクトは、リリーが行う尋問という名のお茶会を不思議な気持ちで見つめていた。
**
一族がリリーの話題に必ず付きまとう懸念。それは過去に、リリーが訓練場に乗り込んだ事でより強まった。
ケーブ・ロッドに撲られた少年よりも、精神的にも肉体的にも過酷な訓練を日々行う軍の試験。中には遅れを取る訓練生を、過剰に扱く教官もいる。
リリーが訓練に口を出した事が噂になり、少年弱者への苛烈な訓練が目に見えて改善された部分もあったのだが、それが軍にとって意味の有ることなのか、未だに教官たちの間で議論になるらしい。
身内の間であるからまだいいが、問題は、リリーの他者への生き方への疑問が、大公の令嬢という権力を伴い、形になってしまったことだった。
「ごきげんよう」
ケーブ・ロッドの様子を確認するために、リリーは定期的に作業場に訪れる。この日はノース伯爵家のメイヴァーが護衛だったが、刑務場の入り口にはセセンテァの姿があった。
「お仕事ですか? セセンテァ様」
「姫様、ご挨拶申し上げます」
「セセンテァ様も、ケーブ・ロッドに会いに来たの?」
「はい、すぐに済みました。そういえば姫様、十五歳のお誕生日はお身内だけで、寂しくありませんでしたか?」
第四王子がダナー城に通わなくなり、その件もあった事で十五歳の誕生会は身内だけで行われた。リリーの成年を祝う祭日でもあったために、それを護衛たちは気にかけていた。
「楽しかったわよ、お誕生日。お父様とお母様から、無事に成年として認められたわ。お二人も、いつもご支援ありがとう」
リリーはいつも周囲に感謝を口にする。それにメイヴァーとセセンテァは礼で返したが、そうだとセセンテァは手を打った。
「姫様、成年のお祝いとして、城外への外出先に、今度は俺の所に行きませんか?」
「パイオド侯爵のお家?」
「そうです。 途中にはプラン伯の領地も通りますし、なんなら少し道を伸ばせば、ガレルヴェン伯の領地にも寄ることだって出来ますよ」
「そうですね、ならば我がノース領にも是非! パイオドとは真逆なので、別の日程でどうですか?」
「………それは、とても楽しそうね…」
青い瞳は想像にきらきらと輝き、じっと背の高いセセンテァとメイヴァーを見上げる。
年を追うごとに、リリーは王都でもなかなか見かける事が出来ない美しい女性に育っていた。真白い肌にほんのり紅をさす頬と小さな唇。改めて気づいた二人の青年は、それぞれに気まずく視線を逸らす。
十枝の中で、現在最もリリーの伴侶候補となる者は、護衛官長であるトライオン・クレルべだ。だがセセンテァは、その事とリリーを自領に招待する事は関係ないと首を振る。
「今は湖がとても綺麗なんです。花水鳥の群れを、姫様にも見てもらいたいな!」
「花水鳥! 本で見たわ!」
興味に輝いた瞳。だがその蒼はふと陰り、ふっとため息すると、首を横に振った。
「…やっぱり、行けないわ」
「なぜですか? クレルベ官長の許可は自分が…」
「クレルベ? トライオン様のお話ではないの。セセンテァ様やメイヴァー様のお家に行くには遠いから、馬車では何日も何日もかかるでしょう? 私は皆さまの様に馬の速駆けも出来ないし。それに、ここの様子を見に来なきゃならないから」
「ここの様子?」
「そうよ」
「……」
トライオンの立ち位置に不満を抱く十枝は少なくない。その一人である二人の騎士だったが、リリーの口から出た内容にメイヴァーは我に返った。
「思い付きで、姫様を困らせてしまって申し訳ありません」
「困っていないわよ。お二人のお家にはいつか行くわ」
いつか。
その言葉に二人は口を閉ざしリリーを見送ったが、程なくしてセセンテァは頭をかきむしった。
「姫様! せっかく城から出られたのに、足繁く通う場所が、孤児院と刑務場だけって! なんかっ! どうかなって、思っただけです…」
やるせなく尻すぼみになった声。思いは届かず、刑務場の重い扉はずしりと閉まった。
彼らがここから遠ざけようと話をしても、リリーの意思は変わらない。
「来年は、十六なんですよ…」
目に見えない呪い。それがリリーに振りかかるのかも分からない。だが少女を取り巻く人々は、戦う相手すら探せずに踠いていた。
**
ケーブ・ロッドの収監により幻獣狩りの罪を明らかにする。だが一方で、核の出荷先を探る手掛かりとして名前の出た、ロッドの養女に問題が上がった。
「境会が、養女フェアリーエル・クロスを庇護しているだと?」
「はい。境会は王直属の機関のため、簡単には手が出せません」
「これは、あまり良くないな」
表向きには慈善活動を行っていたケーブ・ロッドに同情する者、嘆く家族を支援する声も一部で上がっている。
それと同時に、領民との関わりの少ないリリーの行動を横暴だと、批難する者も現れた。
「この数ヶ月、ケーブ・ロッドの考えに変化はありません。これ以上は、姫様にとって善くないでしょう」
成人として、領民の生死を管理する一族として、ケーブ・ロッドの更正を行おうとしているリリーを、大公と大公夫人はただ見守っていた。
だがここに、右側としての力に制限を加えられる境会の存在を、トライオンは警戒し重く見る。
「姫様に、手を退いて頂こう」
**
「お嬢様、何故こんな面倒な事をなさるのですか?」
「姫様」と、身内のものは親しげに呼んで甘やかしてきたが、トライオンに「お嬢様」と呼ばれた事に、リリーはぽかんと口を開ける。
「面倒ごと?」
絶対に、自分の行いに非はないと思っているケーブ・ロッドは、リリーが理不尽に自分を閉じ込めていると、日に日に被害者意識を強めるだけ。
それに見切りをつけさせようと、トライオンはリリーに問い掛けた。
「下民には、道に塵を捨てるなと言っても意味がわからないのです」
「……でも、」
「塵を捨てるなと注意すれば、自分の周りから他人の場所にずらせばよいと思うだけの無能な者たち」
「……でも、」
「自分中心が全てのものに言って聞かせようと、面倒事を敢えて行う。これは無駄に他なりません。こう言えば、伝わりましたか?」
「なんであのものは、あんなに小さな子供を叩いたり、蹴ったりしていたのか、トライオン様には分かりますか?」
「使用人の子供が言いつけられた仕事を放り出したか、何かいたずらでもしたのか。それともケーブ・ロッドが、ただ憂さ晴らしで子供をいたぶっていただけかもしれません」
「憂さ晴らしでか弱きものや、小さなものをいたぶるという行動ですが、私はそれを行う大人は、病気だと思うのです」
「?」
「うちのものたちは、領地を護るために、理不尽や暴力に対しては仕事で暴力を使用します。けして憂さ晴らしではないわよね。真面な大人ならば、罪のない、自分より弱いものを攻撃しないわ。だけど憂さ晴らしでいたぶっていたのなら、そんな異常なことは、あのものの頭がおかしいと思うのです」
頑なに許さない。
「姫様は、ケーブ・ロッドが憂さ晴らしで暴力を行ったと、なぜ決めつけるのですか? 本人は、躾だと述べています」
ーー「うるせえっつってんだろ!! 誰が口開いていいっつったんだ!!! ぁあんっ!?」ーー
「突発的に、衝動的に、怒りの制御が出来なくなり、見境なく暴力を振るう者は、私は病人だと思うのです」
「………」
「そして病人の罪が軽くなる事は知っていますが、他人を攻撃する病人は、病気を治療しなければ、新たに被害者が増えてしまう」
「ならば、ケーブ・ロッドを病人だとお考えであるのであれば、これは医者か神官の領域です。彼らにお任せしましょう」
「……………」
納得がいかないと、リリーは無言でトライオンに訴える。だがトライオンも、厳しい態度を崩さない。長く沈黙が続いたが、遂にリリーは頷いた。
「………そうね。確かに、専門家の意見は必要ね」
渋々と了承した。内心では安堵したトライオンだったが、この提案によりリリーを自由にしたことを、後に深く後悔することになる。




