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ダナー大公領城下街サテラで行われた捜索。それによりサテラの象徴とされる大噴水広場には、女神とされる少女の存在がいると分かった。
美しくもあり、可憐でもあり、妖艶でもあり、時には素朴でもある。
証言者により印象が違う。だが共通としてあげられる特徴は、女神は孤児に声をかけ、彼らを救っているという点だった。
「孤児を連れ去っていた者として考えられるのは、ケーブ・ロッドの養女であるフェアリーエルですね」
手元の資料を読み上げるガレルヴェンに続いて、トライオンが立ち上がる。
「フェアリーエルに関しては、巫女として境会の比護下にあり、今の段階では本人を召喚することは出来ません」
「…ケーブ・ロッドからは、これ以上何も出ないか?」
「はい。ロッドの妻からも、同じ様な情報しか得られませんでした」
ケーブ・ロッドが連れ去られ、養女が王都の学院寮に入ってから、ロッドの妻も屋敷から突然姿を消した。今は空き家となったロッド邸に集められた孤児たちは、別の施設へ移された。
「今回の状況から、境会が比護する者は、フェアリーエルに限られるという結果です」
養父母が連れ去られても、境会に関心はない。
「フェアリーエルが王都に移動してからは、サテラの広場で女神の目撃は全くありません」
「…そいつは一般生徒なんだよな? お前らは、どう見た?」
メルヴィウスの問いにリリーと学院に通う護衛頭の四人、今はここに居ない二人に代わり、メイヴァーとエレクトが立ち上がる。
「私とフィオラ、他数名の意見ですが、…その、フェアリーエル・クロスは、どことなく姫様に似ていると、そう思いました。ですが他に、姫様よりも、フィオラに似ていると言う者も数名」
近寄りがたい美しさのリリーに対し、白髪に大きな碧の瞳のフィオラは、儚げで可憐な花の印象が強い。ダナー・ステイ一族内で、二人の外見を似ていると言う者はいない。
「それは奇妙な意見だな。アストラ卿も、同じか?」
グレインフェルドに問われたエレクトは、昨日確認したばかりのフェアリーエルの顔を思い浮かべる。
「…確かに、私は何度確認しても、姫様に雰囲気は似てると思いました。パイオド卿は、姫様に見えたような気がしたが、よく見ると全然似てないと断言されています」
それにメルヴィウスは頷いた。
「やっぱりな。セセンテァは、俺と同じ魔除けを刻んでいる。間違いなく、フェアリーエル・クロスには、幻惑の術が使用されている」
「リリエルは、そろそろ例の行事がある。クロスは庶民ならば無関係だが、境会の関与する巫女が、幻惑の術を使用していると分かった今、絶対に関わらせるな」
✳✳
「そういえば、この時期だよね。あの行事があるのって」
王族貴族の子供達は、家によっては庶民との関わり合いがなく一生を終える者もいる。時代が流れて、現在のスクラローサの王はそれを憂慮し、学院内である行事を行っていた。
王都城下街の公園と周辺の一角を貸し切り、生徒達に庶民の暮らしを体験させるという課題。
「はい。ステイ大公令嬢は、警備の面を考えて次でしょう」
サイの言葉にグランディアは「そうだよね」と呟いた。
数人の生徒が選ばれて、家格によって警備の段階が強化される。右側と左側はこの行事に否定的で、彼らが参加する回は特に厳重な警備態勢が敷かれた。
「大抵の者は庶民との交流に興味が無いから、オーサのテラスに行くけど、あの娘は、そんな事しないだろうね」
王の企画に逆らわないが、子供を心配する貴族が手を回し、公園内にその為の喫茶店を用意した。多くの生徒はこれを利用し時をつぶす。
「公園の外れの競売場は、まだあるの?」
王都郊外にある大会場よりも小さな会場は、気軽に誰でも参加できる様になっている。
「はい。国王陛下の指示により、奴隷以外は許可されています」
人の奴隷は郊外のみで、物や動物だけを扱う競売場。
「右側も左側も領地で禁じているのに、王都は、とても寛容だよね」
書類に目を落とし記入する。次の書類に手を伸ばし、そこに記されたナイトグランドの家名に、グランディアは眉をひそめた。
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「いいですか? 姫様、これは形だけの行事なので、何もしなくても、参加だけで充分です。くれぐれも、我らが傍に居ないことをお忘れなく」
表立って警護にはつけない。それは国王の警護守備隊を疑うものと捉えられる。生徒を護る使命により、街中の至るところに守備隊は配置されているが、それが無能で邪魔だと、各家の者たちは思っていた。
「そうよ。ついて来ないでね。お家の者たちに頼ったら、私が減点されるのよ。そんな恥ずかしいところ、国王陛下にも左側にも見せられないわ」
「公園を進むと左手に、オーサという宿泊施設があります。二階が喫茶店となり、絶対に、そこから時間まで出ないで下さい。店主は心得ていますから」
「わかっているわ。だってお金も無いのに、お買い物なんて出来ないじゃない」
日にちが近づくにつれ、警護人が代わる度に何度も何度も同じことを言い続けられている。それにリリーは、だんだんと目を座らせて口を不満に尖らせていた。
「オーサ内ではお好きな物をお求め下さい。店主は…」
背後から語られる文句。それにくるりと振り返ると、素早く片手を口元に翳して封じた。
「わかっているわメイヴァー。貴方で十人目、そしてお兄さま二人分に、会うたびに屋敷の皆がおんなじ事を言ってくるっ! お父様とお母様のお手紙にも、おんなじ事が書いてあるっ!」
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学院から見送る者たちを置き去りに、内心でわくわくと馬車に乗り込んだリリーは、到着した公園で深呼吸した。
(新鮮……)
選ばれた生徒は十人。引率の教師の説明が終わり、各々不安げに公園内を歩く者、直ぐに公園から出ていく者、言い付け通りに指定のオーサに行く者を、リリーは見渡し、そして周辺をしっかり観察する。
「あった」
公園内に点在する出店の一つ。不衛生だと貴族の者は買わないが、近寄ったリリーは並べられる色とりどりの飴細工を厳選すると、その一つを指差した。
「これ、いただくわ」
特別授業の生徒が居るのは心得ていたが、過去に出店で買った者はほとんど居ない。だが目の前にやって来た見たこともない美しい少女の姿に、厚い前髪で目を覆われた飴屋の少年も緊張に身を強張らせる。
「ど、どうぞ、」
ほっそりとした人形の様な手は、小銭を数枚取り出すと、ふるえる手の平に直に乗せた。更に少女は、落とさないように片手を差し出された手の下に添える。
「え、?、!!」
平民の客でさえしない。店員の手から硬貨が落ちないように、それを下から支えることを。手の甲に触れるか触れないかの一瞬の緊張。前髪の奥の緑の目、そばかすが浮かぶ頬は真っ赤に染まり、全身から汗が噴き出した。
「ありがとう」
美しい声が告げ、波打つ黒髪が遠ざかる。それは、少年の一生の思い出となった。
子供に人気の果実と木の実の飴の棒。それを手にしたリリーは、人目も憚らずその場で口に入れた。
「…………やっぱりね。うちの姫様なら、やると思ったよ…」
片眼の遠距離眼鏡で確認した。指定範囲外の屋舎の一室からリリーを監視していたセセンテァは、貴族の令嬢ではあり得ない慎みのない行動に、苦笑いでため息した。
「それより、なんで金持ってんの?」
ここ数日、リリーは大人しく十枝の注意に頷き、珍しく買い食いの許可をグレインフェルドにしつこく強請らなかった。
その答えとして現れたのは、得意気に懐から出した小銭入れ。それに銀色の瞳を鋭く光らせたが、飴を舐めながら楽しげに歩くリリーの姿に、どうしたものかとそれを見守る。
ダナーもアトワも、王族貴族も、そこここに子供を護る護衛は潜ませているが、それが動く事は緊急事態以外にありえない。
なのでセセンテァも、胸の内の蟠りは横に置き、警戒だけに集中した。
公園内の出店を一通り見て回ると、リリーは外周の商店街に踏み込む。観光に路面を通り過ぎると、公園の外れで足を止めた。
(姫様、そこはお勧め出来ないな)
セセンテァは、興味津々に天幕に近付いたリリーを見て、近くの部下に反射光で合図する。だが直ぐに出てきたリリーは、今度は天幕の裏側に回り込んだ。
✳✳
受付から、学生が入り込んだと知らせが入った。
競売を身近なものにしようと、小規模で開催している中央公園の外れ。合法的ではあるのだが、子供と特別授業の生徒は出入り禁止にしている。
何か問題となれば、後で面倒事になるからだ。
既に外に出たそうだが、グラエンスラーは念のため、裏手の保管場所を覗いて見た。
「?」
今回の目玉となる幻獣の幼獣。その籠の前に、黒色の制服の生徒が屈みこむ。
「うーーん…」
(あれは、この前の)
弟のアーナスターが初めて自室に客を招待した。それが右側であった事に、ギルド内は異様な盛り上がりを見せていた。
遠目に見ただけのステイ大公令嬢。ダナーを護る十枝の貴族に護られて、作り物の様な異様な美しさを放っていた。
今日はドレスではなく、黒騎士の様な出で立ちに違う雰囲気を見せている。だがその令嬢は、懐から小銭袋を取り出すと中を確認し始めた。
(…………)
子供が菓子を買う前によく目にする姿。
「……」
小銭袋に入る程度の枚数では、とても手に入れる事は出来ない幻獣。何を思っているのか、両者はじっと見つめ合っていた。
「これはこれはお嬢様、そちらをお買い上げくださるのですか?」
「…………」
見かねて声をかけると、蒼い瞳を驚きに見開いて、令嬢はグラエンスラーを振り返り見上げた。
「見たところ、良家の方のようですね。なんなら、競りには出さず、この場で交渉致しますか?」
弟の友人なので、やんわりとこの場から追い出そうとした。だがそれを、リリーは素直に受け取った。
「じゃあ、そうしてくださる?」
「……」
グラエンスラーは、世間知らずなリリーを改めて確認する。そしてこれを面白がった。
「印章をお持ちでしょうか?」
大きな売買や貴族の買い物には必要な印章。大抵は指輪に彫られているが、リリーの真白い指に指輪は一つも見当たらない。
「お供の者が持ってるわ」
「そんなわけありませんよね」
特別授業の学生に付き人などいない。悪びれなく素早く嘘をついたリリーに、グラエンスラーはますます笑う。
「………ならば、お客様が身に付けている宝飾品。それを一つ、お譲り下さい」
「宝飾品?」
耳元のピアスに触れると、男は横に首をふる。そうだと髪留めにふれてもまた横に。しばらく考えたリリーは、胸元のブローチに手を当てる。
するとグラエンスラーは、満面の笑顔で頷いた。
リリーと同じ瞳の色のブローチには、ダナー家の紋章が透かし彫りされている。
学生服のリボンを留める為の宝飾ブローチは、同じ物が何個も用意されている。なのでリリーは、まあ良いかと頷いた。
「これでいいのなら、いただくわ」
「こちらこそ、良い取り引きに感謝致します」
グラエンスラーが上質な布で籠を覆うと、それをリリーは抱えあげる。
「ご自宅に、お送り致しますか?」
「いいえ、このまま持ち帰る。ありがとう」
天幕を出たリリーに、グラエンスラーは深く礼をする。そして手にした蒼い宝に笑顔で口付けた。
**
「お嬢様が、何かを購入されました!」
ほどなく天幕から出てきたリリーは、短時間で何かを手に入れ抱えていた。それを確認した隠密の護衛とセセンテァは頭を抱える。
「あんな所で買うなんて、」
荷物を抱えた生徒を見かけた教師が声をかけると、そのままリリーは馬車に乗り込み、学院に戻って行った。
**
「おや、お早いお戻りですね」
廊下で出会ったセオルは、両手に籠を抱える生徒に声をかける。
高価な布に覆われた鳥籠を抱えるリリー。だがその顔に笑顔はなく、なんとも言えない様子で「そうね。少し早かったのよね」と頷いた。
「何を買われたのですか?」
自分の渡した小銭では、とても買えそうにない高級な鳥籠。布で覆われるその中身が、セオルはとても気になった。
「猫なのよ。きっと」
購入者は嬉しそうではなく、買ったものが何かを分かっていない。それに不穏を感じたセオルは、「失礼します」と許可なく布を捲った。
「…これは、」
幻獣の中でも希少な小型の幼獣は、小さな屋敷が一棟買えるほどの金額で取り引きされる。
「リリー様、こちらはどうされたのですか? これを買えるほどの手持ち金はありませんでしたよね?」
「…………これはね、貰ったのよね?」
「誰に」
「お店の人がね、親切に、」
「知らない人から物を貰ってはいけないと、言ってたでしょう!?」
思わず出た大きな声に、言った本人もリリーも驚いた。だがそれに、すかさず言い訳を始める。
「ただでは無いのよ。ほら、ここにあったブローチ。それと交換したの」
見ると襟元のブローチが外されている。それに再び目を瞑ったセオルは、沈痛な面持ちで鼻から長いため息を吐いた。




