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だって私は、真の悪役なのだから。(改訂)  作者: wawa


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12

 

  (面倒事がやって来た…)


  自分より少しでも弱そうに見えるものを探し、攻撃し、支配下に置いた気分に浸りたい者たち。


  それの対処法は知ってはいたが、口を開くことさえ億劫だった。


  家業が楽しく、直ぐにでも他国に取引に行きたかった。嫌々と通っていた学院では、王族にも貴族にも、一般生徒にも全てに興味が無い。


  ただ日々をやり過ごし、お決まりの幼稚な貴族の嫌がらせに、今日は自分が当たってしまったのだと、過ぎ去る時を待っていた。


  だが、


  「このこを見て笑っているの?」


  天上から降ってきた神託かと思える美しい声。アーナスターの瞳は、初めて見た黒の氷姫に釘付けになった。


  しかも公女は面倒事を全て引き受けて、更にそれを放棄した自分を叱りにやって来る。


  「しっかりね!」


  そう言って笑った顔。軽く背中に触れた華奢な手。アーナスターは、その日から、ダナー家の公女が忘れられなくなった。


  自分の配下を全て動員し、数日でリリーに関わる事を調べ上げた。ナイトグランドの情報網をもってすれば、右側(ダナー)左側(アトワ)への侵入も造作もない。


  (リリエル・ダナー・ステイ大公令嬢十六歳。……彼女の右側(みうち)には優しくしてあげよう)


  そこで手に入れた気になる情報は二つ。アーナスターは第四王子グランディアが、リリーにしつこく付きまとっている真実を手に入れた。


  (グランディア第四王子殿下…。王族か、面倒くさ。…あと、ダナー家の公女に纏わる呪いだけど…)


  呪いに関しては、専門外のアーナスターもどうしたものかと眉をひそめた。



 **



  リリーは連休になると領地に戻り、孤児院を視察する。いつもはそのままダナーの城に立ち寄るのだが、今回は、早めに王都に戻ってきた。


  男子学生への訪問など、本来であれば絶対に許可しなかった。だがナイトグランド商会との繋がりは、一族に有利となる大きな手柄という事もあり、グレインフェルドはリリーの外出を渋々許可した。


  流行に敏感な商家への訪問に、リリーは念入りにお洒落をする。


  薄灰色のドレスは、若草色と黄色の花が繊細に刺繍されている。落ち着いた色のドレスだが、リリーはそれを品良く着こなした。


  髪は括らずに背に広げる。ドレスとお揃いの髪飾りに、背の高いアーナスターに対抗して少しヒールのある黄色の靴を選んだ。


  「行ってきます」


  懐に秘密の巾着を潜ませて、嬉しそうに馬車に乗り込むリリーの背後には、騎乗した五人の護衛が後を追う。


  王都には左側(アトワ)の者も多く出入りするため、馬車は万全の警護でナイトグランドへ向かった。

 


 

 **




  初対面に近い異性の家に招待しても、本来ならば断られる事が当たり前だ。だが今回は、右側(ダナー)はこれを機会とし、絶対に来るという自信があった。


  アーナスターは、欲しい物は必ず手に入れる生き方をしている。


  今回、初めて人に対して執着したことに、自分でも驚いていた。


  「お客様が入門されます」


  声かけに出迎えると、防犯用の重く堅牢な鉄の門が開き、先頭に騎乗した五人の黒の騎士が現れた。


  それに続く漆黒の馬車には、出軍かと見間違える様な、物々しく武装した護衛がついている。


  (先頭の騎士五人。確か十枝って言ってたよね。学院でも怖かったけど、この人たちの方が、第四王子様より面倒かも…。それに、あの人が居ないな…)


  アーナスターは、ふと周囲を見上げてみた。学院食堂で初めてまともに見たリリーの護衛。その内、銀色の瞳、墨灰色の長い頭髪を編み込んだセセンテァ・オウロは監視官の異名を持つパイオド家の者であり、アーナスターの部下同様に、情報の収集能力に長けている。

 

  更にナイトグランドよりも厄介なところは、パイオドは監視や情報収集だけでなく、遠方からの殺傷技術が極めて高い事で有名だ。


  今やその部隊の上に立つセセンテァは、ダナー家の次男であるメルヴィウスとも近しく、首から手の甲の中指先にかけて、凶悪な入れ墨が施されていた。


  (あの時の彼のこちらを見る目つき、怖かったよね…)


  今は目の前の護衛の中にはいないが、周囲からアーナスターを狙っているかもしれない。


  首筋に何かを感じ戦慄したが、現れたリリーの姿に、それどころではなくなった。


  「……ーーっ!!」


  闇色の馬車の扉が開き、護衛の手を取り降りてくる。暗闇から羽化したような淡く落ち着いた色のドレスに身を包み、年齢よりも大人びて見えるリリーの姿に、アーナスターは開いた口が塞がらず、喉が渇き、再び声が出なくなった。


 

 ✳✳  



  「お招き頂きありがとう」


  「本じ……、来て……、ありが……」


  学院の姿よりも女性らしく、結いあげていた髪は柔らかく下ろされている。


  (…………すっごく、綺麗……)


  リリーの姿に身体の芯が熱くなり、腰の力が抜けていく。それでも何とか残った理性は働き、パイオドの監視官からの遠距離攻撃を防ぐため、防壁の厚い自室に案内した。


  室内の警護は侍女が一人。だがこの侍女も、デオローダの調査官の後継者である優れた騎士だ。


  一方のアーナスターは、敵意の無い事をダナー側に示す譲歩として、自室に自分の警護を入れなかった。


  「……ぁ、ぁの、」


  顔の火照りを気にしつつ、リリーの様子を窺う。まるでこの部屋の主の様に深く椅子に腰かけた大公令嬢は、アーナスターをじっと見つめていた。


  「っ!!、ぁ…、せ……、た………、」


  「………………」


  改めて自分を救ってくれた礼を言ったのだが、表情の変わらない令嬢は、ただアーナスターを見つめるだけ。


  宝石の様な蒼い瞳にドキドキと大きくなる鼓動に、それを抑えようと深呼吸をしようとしたところで、リリーはがたんと立ち上がった。


  「!!、!!?、っ、っ??、」


  「ナーラ様、少し手伝ってもらえませんか?」


  背後に立つ侍女に何かを告げると、頷いたナーラはリリーを下がらせて、一人掛けの椅子の背を掴むと、ガタリとアーナスターの真横に置いた。


  「ありがとう」


  「??、???、」


  言うと真横に座ったリリーは、アーナスターに身を寄せて「どうぞ」と会話の続きを促した。

 

  「………、………、」


  香水などではない。リリーからは、花の香りが仄かにする。そして時折アーナスターを見つめる瞳に、意識が遠くなってきた。


  (こんなはずじゃなかったのに…、)


  相手が男でも女でも、詐欺師との商談でも負けた事はない。どんな威圧的な取引相手にも臆した事もない。


  それなのに、言いたいことの何一つ、リリーに伝えることが出来なかったアーナスターは、無駄に過ぎ去った時にひどく落ち込んだ。


  見送りのエントランスでは、初めての敗北に肩をがっくりと落とす。だが振り向いたリリーは、アーナスターにふわりと微笑んだ。


  ドレスの懐に隠された巾着袋。それに手を置き、誰にも気づかれないように確かめたリリーは、しっかりとアーナスターに頷いた。


  「今日はとっても楽しかった。またの会を楽しみにしているわ」


  再び光を射したリリーに、アーナスターは腹の力を振り絞って声を出した。


  「……はいっ!」


  「ではまた。学院でね」


  武装された漆黒の馬車は、音も少なく遠ざかっていく。それをいつまでも見送っていたアーナスターに、背後から声がかかった。


  「襲撃にでも来たのかと思ったね」


  「……居らしたのですか。グラエンスラー兄さん」


  アーナスターよりも長身で、九つ上のグラエンスラー・オルガン・ナイトグランド。弟と同じく褐色の肌に金色の瞳を持つグラエンスラーは、常に腰に鞭を備え持つ。


  「今のが右側(ダナー)の処刑人たちの秘蔵のお姫様? とっても美しいじゃないか」


  「…………」


  「あれなら、彼の国の富豪にも喜ばれるだろうね。次の出品にのせようか?」


  「グラエンスラー兄さん。彼女は、私の友人です」


  「冗談だよ可愛い弟よ。私もまだ、処刑されたくはないからね」


  笑って去ったグラエンスラーから、視線を門へと戻す。


  (もう見えない……)


  今や完全に閉じた門を見て、アーナスターは名残惜しくその場を後にした。



 **



  珍しくグランディアに声をかけたリリーは、中庭のテーブル席に案内した。周辺には、他の生徒も護衛も近寄らず、昼食を取り二人だけの時が流れる。


  「最近、お忙しいのかしら?」


  「何故ですか?」


  「前ほど、お姿が見えないから」


  「……それほどでもありませんよ」


  「……」

  「……」

 

  「…そういえば、グランディア様の、ご兄弟はこの学院にいらっしゃるの?」


  「そうですね。上の兄と弟たちは、在学していますよ」


  「……一番上の方と二番目の方は?」


  「彼らはもう修了し、国務を担当しています」


  グランディアが顔も見たことの無い二番目の兄セオルが、学院で旧教を教える教師になった事は、つい先日、護衛のサイからの報告で聞いている。王太子である兄と同じ歳のセオルは、既に継承権を放棄していた。


  「え、」


  尋ねてきたから答えたのに、聞いたリリーはきょとんとグランディアを見つめている。そしてまた、おかしな事でも考えているのか、今度は遠くを見つめながら茶菓子を玩び始めた。


  (そういえば最近、エルストラが何か言っていたな)


  リリーがエルストラの婚約者であるサイオスに、良からぬ行動を取っていると。その事をグランディアは全く信じなかったのだが、よく観察してみると、リリーは、確かにいつも誰かを探していた。


  (目の前に、僕が居るのに失礼じゃない?)


  いつも何を考えているか全く分からない。近寄れば逃げていく、かと思えばグランディアを誘ってもくる。


  リリーの白い手に玩ばれ続ける包み菓子が目障りになり、それを取り上げようと手を伸ばしたところで、聞きなれない声がした。


  「ご一緒しても、宜しいですか?」


  「?」


  見知らぬ庶民の制服(スクラディア)の生徒は、一見女にも見えるが、声の低さから男だと分かる。


  グランディアは、不愉快だと分かるように目を眇めた。


   


  護衛たちを遠ざけて設けた、王族と大公令嬢の二人の時間に割り込んできた。無粋な者にグランディアは強い怒りを覚えたが、それをリリーは遮った。


  「もちろんよ。こちらにどうぞ!」


  リリーの隣に図々しくも並んだ庶民(スクラディア)。だが告げられた名に、グランディアは片方の眉を上げる。


  「…ナイトグランドの、」


  王族も左側(アトワ)も一目置く巨大ギルド。その跡取りの一人が目の前に現れ、しかも婚約者と親しげに会話をすることに、グランディアは状況の把握に時間を要する。


  (令息が入学しているとは聞いていたけど、休学しているのか、ほとんど来ていないはずだが)


  背を丸めてオドオドと照れるアーナスターに、リリーは親しげに話しかけている。だがその間も、時おり上の空で周囲に気を散らすリリーの姿に、何故かグランディアはほっとした。


  「そろそろ次の用意があるので、私は失礼するわね」


  呼びに来た護衛の一人と立ち去った。リリーに微笑み見送っていた二人だが、間もなくグランディアが忠告した。


  「ナイトグランドはよく名を聞くが、商人のくせに、礼儀は弁えていないようだ」


  王子からの厳しい叱責。だがそれを受けたアーナスターは、グランディアに身体を向けると背筋を伸ばす。そしてはっきりとした声色でいい放った。


  「我が家は、お客様との信頼関係を第一に努めております」


  「ならばよくも、婚約を誓う私たちの間に、図々しくも割り込めたものだな」


  「お二人の婚約が破棄されるのは、時間の問題だと、そう皆は語っておりますね」


  王族相手に退くことを全くしない。無礼な庶民(スクラディア)に、グランディアは指先でテーブルを苛立ちに鳴らす。


  「婚約者とのひと時を邪魔するものの台詞としては、ありきたりだな」


  「事実今も、リリー様は私の同席を喜ばれました。お二人だけの時間ではありませんでした」


  「リリー、だと?」


  「はい。リリー様とは、大変親しくさせて頂いております」


  「…………貴様、」


  握られた拳と相手の表情に、我慢の限界を見て取った。そこでグランディアを正面から見据えたアーナスターは、取り出した封筒をテーブルに置いた。


  「ご提案があります」


  差し出された封筒を、訝しみながらも開けて見る。中に入っていたのは契約書で、その内容にグランディアは目を見開いた。


  「…どういう事か」


  「これは、第四王子グランディア殿下に悪くはない条件です。いやむしろ、殿下はそれを、とても欲しているでしょう。右側(ダナー)に頼らねばならないほどに」


  「……」


  「ナイトグランド(我々)が、お手伝い致します」


  「手伝うだと? 命乞いの間違いではないのか?」


  ことり、とテーブルの上に置かれたのは、家紋が印された鎖に繋がれた四つの宝石。それを目にしたグランディアは、客に慇懃な笑顔を浮かべるナイトグランドの次男を睨み付ける。


  「我が家の家訓は実力で成果を上げること。生まれた順番は関係ない。私も、殿下と同じ立場なのです」

 

  家を継げる者は一人。その争いに、命を賭ける者たち。アーナスターは宝石を丁寧に敷布に包みしまうと、カタリと立ち上がり優雅に一礼する。


  「私は報酬を分かち合う事が、何より嫌いです。それだけ、ご記憶頂ければ幸いです」

 

  「見返りはなんだ?」


  「見返りなどは。昔々、祖先がグロードライト王国の建国に助力した我らナイトグランド。お陰で今があります。その時と同じく、王家に尽くしたいだけです」



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