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だって私は、真の悪役なのだから。(改訂)  作者: wawa


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11

 

  学生食堂の二階テラス席の一角は、いつも黒制服(ステディア)が陣取り、物々しい雰囲気となっている。

 

  この場には、貴族専用テラスを使用する、左側(アトワ)と王族はほとんど居ない。


  一般生徒と同じく食事を取る事は、リリーの強い希望だった。


  給仕されるのではなく、自ら足を運びメニューを選ぶ。それを楽しんで行うリリーを、学院内で護衛の総指揮を取るセセンテァは、とても微笑ましく見ていた。


  「好きな物だけを選べるなんて、良いことだと思いますわ」


  「フィオラ、肉類ばかりを食べないで、半分は野菜も食べなさい」


  妹の皿の中、片寄った食事に兄であるメイヴァーはため息を吐く。


  ノース伯爵家の長女フィオラは、リリーより二つ下の十四歳になる。今回リリーに合わせて、計画よりも早めに編入となった。


  「これが学生食堂の良いところなのよ」


  言ったリリーの皿には、砂糖菓子と焼き菓子だけがしっかりと乗っている。それに更にため息を吐いたメイヴァーだが、隣でセセンテァが「大丈夫。これも次期様に報告してるから」と笑顔で言った事で、リリーは言い訳を始めた。


  「朝と夜は、驚くほどに野菜が提供されるのよ。お昼くらい、いいじゃない。ね、フィオラ」


  にっこり微笑み甘味を頬張った。それに従い、フィオラも肉だけを頬張った。


  「はぁ……、?」


  一人の生徒がこちらに近付いて来た。深緑色の制服(スクラディア)に、それを珍しいものと見る。


  一般の生徒は、教師の指示がない限り近寄ってはこれない。だがその者は、黒色の制服(ステディア)だけが占める席の、更に奥に護られるリリーの席までやって来た。


  昨日、紺色の制服(グローディア)に絡まれ、リリーが声をかけた頼りない生徒。


  「……ぁの、」


  顔を紅潮させ、言葉は吃り震えている。だがその違和感に、セセンテァは注視し、メイヴァーとエレクトは警戒に体勢を変えた。


  「お名前は?」


  リリーが問いかけると、更に顔は真っ赤に、息も絶え絶えになった。


  「あ、…………ァ……、ピア……ドです、」


  「!」


  微かに聞こえた名に、三人は目線を合わせる。


  (ナイトグランドギルドか)


  少年は、アーナスター・ピアノ・ナイトグランドと名乗った。


  大商会であるナイトグランドは、他国との貿易により大貴族よりも財をなす。そしてスクラローサ国内では、左右の大公家の支配下に無い、唯一の独立商会であった。


  (アーナスターといえぱ、ナイトグランドの次男)


  その界隈では、名を挙げる柱の一つ。それがリリーを直接訪ねて来たのだ。


  「ピアン?」


  はっきりと名を聞き取れなかったリリーが、再び問いかける。少年は言葉も出ず、今度は汗だくに俯いた。


  「…………」


  その様子を、じっくりと見つめるだけのリリー。


  黒制服(ステディア)に囲まれて、身の置き場の無いアーナスターは、傍から見れば捧げられた生け贄の様だ。


  (はぁ……)


  それを哀れに思い、助け船をだそうとしたセセンテァだったが、震える手は封筒をリリーへ差し出す。


  「……あの、これ、」


  「何かしら? …これは、招待状?」


  瞳を輝かせたリリーを見て、アーナスターは内股で走り逃げた。


  呆然とそれを見送ったリリーだが、ふとセセンテァを見上げると、手にした招待状を手柄の様に掲げる。


  「ナイトグランドは名家です。お知り合いになられて、損は無いかと」


  「むしろ左側(アトワ)にも、彼らは一線引いていると聞きます。ナイトグランドを右側(われわれ)が引き抜けば、相当な打撃となるでしょう」


  「昨日姫様が、あの者をお助けになったからですね。きっと大公閣下もお喜びになられますよ」


  次々に護衛たちの賛辞があり、気を良くしたリリーは、慎重に封を開いて中身を確認する。


  「本物の招待状ね…」


  満面の笑顔を見せるリリーは、招待状を大切にしまい込むと、上機嫌で再び焼き菓子を口にしようと手を伸ばした。だが「あれ?」と、今度は窓の外に注目した。


  中庭で仲間と談笑する生徒は、騎士の称号を持つ紺色制服(グローディア)の令息。王族の生徒の中では、名が知れている者だった。


  (また……)


  比較的体躯の大きな者たちを、リリーはいつも真剣に見定めている。その様子に、エレクトは今度こそ真相を聞き出そうと問いかけた。


  「あの者に、何か?」

 

  「エレクト様は、あの方のお名前は、ご存知かしら?」


  「サイオス・カレン。エルドラード侯爵家の跡取りです。第六后の親族ですね」


  「ふーーん…」


  窓硝子に手を置き、いつになく真剣に男を見入る。その姿を訝しみエレクトは見ていたが、切なげなため息を吐いたリリーに驚いた。


  サイオスは決して筋骨隆々ではないが、高身長で体格は大きい方だ。そして精悍な顔立ちで、品行方正だと評価されている。


  (まさか、姫様は、あのような者が好みなのだろうか)


  その考えに傷付いたエレクトだったが、サイオスから視線を外したリリーが、食堂に繋がる広場を目にして、身を不自然に固めた。



 **



  「エルストラ殿下、ご覧下さい。中庭に、サイオス様がいらっしゃいます」


  「そうね」


  サイオスは、エルストラの婚約者に内定したが、グランディアを想う本人は乗り気ではない。なので取り巻きの声かけにも興味が無かった。


  「へー、あの方が王女様の婚約者なんですね。うらやましいー」


  新たな取り巻きの一人は庶民制服(スクラディア)の生徒。貴族生徒の課題でもある、庶民との交流の為に取り巻きの一人に加えた。


  庶民の生徒の中では、エルストラに不快感を与えない、小動物の様な可愛らしい姿をしている。


  「あれ、でも婚約者さん、何か気になるのかな? 全然こっち見てくれませんね」


  「え?」


  仲間たちと談笑しているサイオスだが、目線は別の方向を見ている。その先を追って行くと、学院食堂には異質な黒の集団。


  「あれは、」


  見苦しくも庶民の生徒(スクラディア)を押し退けて、一度も踏み入れた事の無い食堂にやって来た。


  学院食堂にはそぐわない黒色の制服(ステディア)。その中央に君臨するのは、エルストラの嫌いな公女だった。


  「……」


  「食事も済んだことだし、そろそろ移動するわ」


  エルストラは、サイオスが公女を見つめる横顔を思い出す。


  (グランディア様に言い寄りながら、今度はサイオスにまで…!)


  黒の氷姫と呼ばれるダナー家の公女は、エルストラと目が合うと席を立ち、ゆっくりと近付いてくる。


  「…?」


  王女に挨拶もしない。冷たい蒼色の瞳はエルストラを一瞥すると、何も見なかった様に真横を通り過ぎた。


  『あれって、リリーじゃない?』


  新しい取り巻きが何かを口にしたが、エルストラは怒りでそれどころではなかった。



 ✳✳



  スクラローサの歴史の中に、必ず登場する二つの宗教。その内の一つ、古くから信仰される天院教会(へーレーン)。授業の為にやって来たのは、セオル・ファルだった。


  七つの時に継承権を放棄して教会に帰属しているセオルを、第二王子だと知る者はほとんどいない。


  教師として学院に配属されてから数日、リリーは彼を覚えていた。


  「セオ!!」


  廊下を走り寄ってきた少女に、セオルは懐かしみ微笑んだ。


  「お元気でしたか?」

  「はい。リリー様もお元気そうでなによりです」


  「あの、セオの事、私の所為で、教会(へーレーン)に戻されたと聞いたわ。…ごめんなさい」


  「そんなこと、お気になさらないで下さい」


  「…会えて良かったわ」


  「本当に、私こそ、あなたに会えて良かったです」


  リリーが生きている事に、セオルは心からそう思った。


  神官ではあるが、教師の帯を首から下げている。それに気づいたリリーは、「そういえば」と閃いた。


  「セオなら、……いえ、ファル先生なら知っているかしら? 緑色の制服(スクラディア)の生徒のお名前」


  「?、どなたか、気になるお相手でも居るのですか?」


  「その……、少しだけ、気になるだけなのよ。髪は黒色で…、目も黒色で、特徴は、特には無いのだけど…。ああ、これでは全然分からないわよね、」


  「……」


  「……もう少し、上手く説明出来てからに「…それは、女性ですか?」


  「!?、ええ、そう、そうなのだけど、」


  曖昧な質問に答えをくれたセオルに、リリーは喜びと困惑を混ぜ合わせる。だがその様子にいつもの笑顔で返したセオルは、「名前だけなら」と頷いた。


  「フェアリーエル・クロス」


  「すごいわね、さすが教師ね! …でも、なんで分かったの?」


  セオルはそれには答えず笑顔で封じる。


  「……フェアリーエル・クロスね! ありがとう。あ…そういえば、あの人もクロスではなかったかしら?」


  「どなたですか?」


  「領内でね、ケーブ・ロッドという、少し問題があった者なのだけど。確か爵位がクロス男爵だった」


  「……そうですか」


  特に何も反応は無い。セオルは時間だと教室に戻るよう勧めるが、別れ際、扉に手を掛けたリリーの背に、「そうですね」と声がした。


  「クロスとは、境会(アンセーマ)名に多いのです」


  「境会(アンセーマ)名?」


  「はい。おそらくその者、境会(アンセーマ)から名を貰い爵位が与えられたのかと。ですがクロスという名付けは多いので、あまり気にされない方が良いかと思います」



  「……そうなのね。多いのね。分かったわ」



 **



  「明日はナイトグランドに行く日ですね。ベオルド伯もソル卿も領地戻りですので、指揮は私がとります」


  十人の護衛騎士が集う中、ラング・フランビア侯爵家のルールが口を開いた。今年二十七歳になるラングは、白髪に銀色の瞳、撫で付けられた頭髪に眼鏡をかけ、見た目には怜悧で神経質な雰囲気を持つ。調停官と呼ばれる家のルールは、リリーの家庭教師の一人だ。


  「次期様は許可されたが、俺は気が進まない。ナイトグランドギルドは長男も次男も、あまり良い噂を聞かないからな」


  会議中、不機嫌に呟いたトライオンに、若い護衛官たちは顔を見合わせた。


  「ですが力有る家の者で、良い噂を聞く者の方が少ないですよね。それを言われては、我ら(ダナー)は処刑人や死神と呼ばれていますし」


  「…ナイトグランドが持つ部隊は、各国の破落戸達で構成されている。そんな場所に、なぜ姫様が行かねばならないのか」


  「確かに。国を追われた騎士崩れを寄せ集めていますね」


  「しかも女子学友の招待ではなく、次男のアーナスターの招待を受けて、姫様の汚点になりはしないのか」


  トライオンの真の心配事に気づいたセセンテァは、微妙な笑顔で頷いた。


  「ご心配はいりませんよ。俺も噂は存じていますが、学院内での彼は、…なんと言うか、姫様に害はないと思います。少なくとも第四王子よりは、ですが」


  「確かに。いまだに第四王子は、姫様に振られた事にも気づいていないですよね」


  「しかもあり得ない事に、姫様が第四王子に言い寄ったなどと、嘘の工作まで流していました。こちらもやり返しましたが、相殺までには至りません」


  おかしな噂話はよくある事だと、リリーは放っておけと言う。だが一族の者たちは、そもそも第四王子が気に入らなかった。


  「腹が立ちます。あの者が王を利用し求婚さえしなければ、もう既に姫様の婚約者は、一族で会議が終わってるはずなのに」


  ダナー家の子供が十五になると、十枝の一族内で婚約者の選定をする。リリーの護衛の中には、候補者として組み入れられた者が大半だ。


  「ベオルド伯なんて、超有力ですよね。姫様に一番頼られてるし」


  誰が選ばれてもおかしくはない。互いに、彼らはこの事を口にはしない。だが話の流れで問いかけたセセンテァはトライオンに、内心とは違う言葉を口にした。


  「私は歳が離れすぎている」


  「年齢差なんて問題ないですよ」


  「それよりも、問題は第四王子でしょう。今はまだ大した力はありませんが、正式な破談は早い方がいい」


  気まずい流れをガレルヴェンが切った。男達の会話の中、それをやれやれと眺めていたのはデオローダ侯爵家のナーラ・フレビア。


  「皆さん心配しすぎですよ。姫様は無事に第四王子との婚約を破棄して、直ぐに領内に戻られる。王都に、他に姫様が心を惹かれるようなものは居ないのだから」


  侍女としても仕えるナーラは、婚約者候補達の焦りを笑い一蹴する。だが目の前に座るエレクトの表情に、それを問いかけた。


  「どうしたのだ? アストラ卿」


  上の空をナーラに指摘されたエレクトは、「いえ、なんでも」と頭を振る。


  エレクトの懸念。


  サイオスの名を知ってから、リリーは他の男子生徒を探す事はなくなり、そしてあれほど楽しみにしていた、学院食堂へも行かなくなった。


  更に表情を曇らせて、思い悩む時間が増えている。


  それをエレクトは、リリーがサイオスに想いを寄せているのではと懸念していた。だがそれを振り払うように、同じ様に怪訝な顔のトライオンに言い聞かせる。


  「ベオルド伯、オウロ卿の言う通りだと思います。ナイトグランドのアーナスターは、見た目にも、そういった心配は無用かと思います」


  敵は第四王子よりもサイオスかもしれない。


  なので腰を引き足を内股に、見ようと思えば女にも見えなくはない、なよなよとしたナイトグランドの次男には、なんの心配も抱かなかった。



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