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学生食堂の二階テラス席の一角は、いつも黒制服が陣取り、物々しい雰囲気となっている。
この場には、貴族専用テラスを使用する、左側と王族はほとんど居ない。
一般生徒と同じく食事を取る事は、リリーの強い希望だった。
給仕されるのではなく、自ら足を運びメニューを選ぶ。それを楽しんで行うリリーを、学院内で護衛の総指揮を取るセセンテァは、とても微笑ましく見ていた。
「好きな物だけを選べるなんて、良いことだと思いますわ」
「フィオラ、肉類ばかりを食べないで、半分は野菜も食べなさい」
妹の皿の中、片寄った食事に兄であるメイヴァーはため息を吐く。
ノース伯爵家の長女フィオラは、リリーより二つ下の十四歳になる。今回リリーに合わせて、計画よりも早めに編入となった。
「これが学生食堂の良いところなのよ」
言ったリリーの皿には、砂糖菓子と焼き菓子だけがしっかりと乗っている。それに更にため息を吐いたメイヴァーだが、隣でセセンテァが「大丈夫。これも次期様に報告してるから」と笑顔で言った事で、リリーは言い訳を始めた。
「朝と夜は、驚くほどに野菜が提供されるのよ。お昼くらい、いいじゃない。ね、フィオラ」
にっこり微笑み甘味を頬張った。それに従い、フィオラも肉だけを頬張った。
「はぁ……、?」
一人の生徒がこちらに近付いて来た。深緑色の制服に、それを珍しいものと見る。
一般の生徒は、教師の指示がない限り近寄ってはこれない。だがその者は、黒色の制服だけが占める席の、更に奥に護られるリリーの席までやって来た。
昨日、紺色の制服に絡まれ、リリーが声をかけた頼りない生徒。
「……ぁの、」
顔を紅潮させ、言葉は吃り震えている。だがその違和感に、セセンテァは注視し、メイヴァーとエレクトは警戒に体勢を変えた。
「お名前は?」
リリーが問いかけると、更に顔は真っ赤に、息も絶え絶えになった。
「あ、…………ァ……、ピア……ドです、」
「!」
微かに聞こえた名に、三人は目線を合わせる。
(ナイトグランドギルドか)
少年は、アーナスター・ピアノ・ナイトグランドと名乗った。
大商会であるナイトグランドは、他国との貿易により大貴族よりも財をなす。そしてスクラローサ国内では、左右の大公家の支配下に無い、唯一の独立商会であった。
(アーナスターといえぱ、ナイトグランドの次男)
その界隈では、名を挙げる柱の一つ。それがリリーを直接訪ねて来たのだ。
「ピアン?」
はっきりと名を聞き取れなかったリリーが、再び問いかける。少年は言葉も出ず、今度は汗だくに俯いた。
「…………」
その様子を、じっくりと見つめるだけのリリー。
黒制服に囲まれて、身の置き場の無いアーナスターは、傍から見れば捧げられた生け贄の様だ。
(はぁ……)
それを哀れに思い、助け船をだそうとしたセセンテァだったが、震える手は封筒をリリーへ差し出す。
「……あの、これ、」
「何かしら? …これは、招待状?」
瞳を輝かせたリリーを見て、アーナスターは内股で走り逃げた。
呆然とそれを見送ったリリーだが、ふとセセンテァを見上げると、手にした招待状を手柄の様に掲げる。
「ナイトグランドは名家です。お知り合いになられて、損は無いかと」
「むしろ左側にも、彼らは一線引いていると聞きます。ナイトグランドを右側が引き抜けば、相当な打撃となるでしょう」
「昨日姫様が、あの者をお助けになったからですね。きっと大公閣下もお喜びになられますよ」
次々に護衛たちの賛辞があり、気を良くしたリリーは、慎重に封を開いて中身を確認する。
「本物の招待状ね…」
満面の笑顔を見せるリリーは、招待状を大切にしまい込むと、上機嫌で再び焼き菓子を口にしようと手を伸ばした。だが「あれ?」と、今度は窓の外に注目した。
中庭で仲間と談笑する生徒は、騎士の称号を持つ紺色制服の令息。王族の生徒の中では、名が知れている者だった。
(また……)
比較的体躯の大きな者たちを、リリーはいつも真剣に見定めている。その様子に、エレクトは今度こそ真相を聞き出そうと問いかけた。
「あの者に、何か?」
「エレクト様は、あの方のお名前は、ご存知かしら?」
「サイオス・カレン。エルドラード侯爵家の跡取りです。第六后の親族ですね」
「ふーーん…」
窓硝子に手を置き、いつになく真剣に男を見入る。その姿を訝しみエレクトは見ていたが、切なげなため息を吐いたリリーに驚いた。
サイオスは決して筋骨隆々ではないが、高身長で体格は大きい方だ。そして精悍な顔立ちで、品行方正だと評価されている。
(まさか、姫様は、あのような者が好みなのだろうか)
その考えに傷付いたエレクトだったが、サイオスから視線を外したリリーが、食堂に繋がる広場を目にして、身を不自然に固めた。
**
「エルストラ殿下、ご覧下さい。中庭に、サイオス様がいらっしゃいます」
「そうね」
サイオスは、エルストラの婚約者に内定したが、グランディアを想う本人は乗り気ではない。なので取り巻きの声かけにも興味が無かった。
「へー、あの方が王女様の婚約者なんですね。うらやましいー」
新たな取り巻きの一人は庶民制服の生徒。貴族生徒の課題でもある、庶民との交流の為に取り巻きの一人に加えた。
庶民の生徒の中では、エルストラに不快感を与えない、小動物の様な可愛らしい姿をしている。
「あれ、でも婚約者さん、何か気になるのかな? 全然こっち見てくれませんね」
「え?」
仲間たちと談笑しているサイオスだが、目線は別の方向を見ている。その先を追って行くと、学院食堂には異質な黒の集団。
「あれは、」
見苦しくも庶民の生徒を押し退けて、一度も踏み入れた事の無い食堂にやって来た。
学院食堂にはそぐわない黒色の制服。その中央に君臨するのは、エルストラの嫌いな公女だった。
「……」
「食事も済んだことだし、そろそろ移動するわ」
エルストラは、サイオスが公女を見つめる横顔を思い出す。
(グランディア様に言い寄りながら、今度はサイオスにまで…!)
黒の氷姫と呼ばれるダナー家の公女は、エルストラと目が合うと席を立ち、ゆっくりと近付いてくる。
「…?」
王女に挨拶もしない。冷たい蒼色の瞳はエルストラを一瞥すると、何も見なかった様に真横を通り過ぎた。
『あれって、リリーじゃない?』
新しい取り巻きが何かを口にしたが、エルストラは怒りでそれどころではなかった。
✳✳
スクラローサの歴史の中に、必ず登場する二つの宗教。その内の一つ、古くから信仰される天院教会。授業の為にやって来たのは、セオル・ファルだった。
七つの時に継承権を放棄して教会に帰属しているセオルを、第二王子だと知る者はほとんどいない。
教師として学院に配属されてから数日、リリーは彼を覚えていた。
「セオ!!」
廊下を走り寄ってきた少女に、セオルは懐かしみ微笑んだ。
「お元気でしたか?」
「はい。リリー様もお元気そうでなによりです」
「あの、セオの事、私の所為で、教会に戻されたと聞いたわ。…ごめんなさい」
「そんなこと、お気になさらないで下さい」
「…会えて良かったわ」
「本当に、私こそ、あなたに会えて良かったです」
リリーが生きている事に、セオルは心からそう思った。
神官ではあるが、教師の帯を首から下げている。それに気づいたリリーは、「そういえば」と閃いた。
「セオなら、……いえ、ファル先生なら知っているかしら? 緑色の制服の生徒のお名前」
「?、どなたか、気になるお相手でも居るのですか?」
「その……、少しだけ、気になるだけなのよ。髪は黒色で…、目も黒色で、特徴は、特には無いのだけど…。ああ、これでは全然分からないわよね、」
「……」
「……もう少し、上手く説明出来てからに「…それは、女性ですか?」
「!?、ええ、そう、そうなのだけど、」
曖昧な質問に答えをくれたセオルに、リリーは喜びと困惑を混ぜ合わせる。だがその様子にいつもの笑顔で返したセオルは、「名前だけなら」と頷いた。
「フェアリーエル・クロス」
「すごいわね、さすが教師ね! …でも、なんで分かったの?」
セオルはそれには答えず笑顔で封じる。
「……フェアリーエル・クロスね! ありがとう。あ…そういえば、あの人もクロスではなかったかしら?」
「どなたですか?」
「領内でね、ケーブ・ロッドという、少し問題があった者なのだけど。確か爵位がクロス男爵だった」
「……そうですか」
特に何も反応は無い。セオルは時間だと教室に戻るよう勧めるが、別れ際、扉に手を掛けたリリーの背に、「そうですね」と声がした。
「クロスとは、境会名に多いのです」
「境会名?」
「はい。おそらくその者、境会から名を貰い爵位が与えられたのかと。ですがクロスという名付けは多いので、あまり気にされない方が良いかと思います」
「……そうなのね。多いのね。分かったわ」
**
「明日はナイトグランドに行く日ですね。ベオルド伯もソル卿も領地戻りですので、指揮は私がとります」
十人の護衛騎士が集う中、ラング・フランビア侯爵家のルールが口を開いた。今年二十七歳になるラングは、白髪に銀色の瞳、撫で付けられた頭髪に眼鏡をかけ、見た目には怜悧で神経質な雰囲気を持つ。調停官と呼ばれる家のルールは、リリーの家庭教師の一人だ。
「次期様は許可されたが、俺は気が進まない。ナイトグランドギルドは長男も次男も、あまり良い噂を聞かないからな」
会議中、不機嫌に呟いたトライオンに、若い護衛官たちは顔を見合わせた。
「ですが力有る家の者で、良い噂を聞く者の方が少ないですよね。それを言われては、我らは処刑人や死神と呼ばれていますし」
「…ナイトグランドが持つ部隊は、各国の破落戸達で構成されている。そんな場所に、なぜ姫様が行かねばならないのか」
「確かに。国を追われた騎士崩れを寄せ集めていますね」
「しかも女子学友の招待ではなく、次男のアーナスターの招待を受けて、姫様の汚点になりはしないのか」
トライオンの真の心配事に気づいたセセンテァは、微妙な笑顔で頷いた。
「ご心配はいりませんよ。俺も噂は存じていますが、学院内での彼は、…なんと言うか、姫様に害はないと思います。少なくとも第四王子よりは、ですが」
「確かに。いまだに第四王子は、姫様に振られた事にも気づいていないですよね」
「しかもあり得ない事に、姫様が第四王子に言い寄ったなどと、嘘の工作まで流していました。こちらもやり返しましたが、相殺までには至りません」
おかしな噂話はよくある事だと、リリーは放っておけと言う。だが一族の者たちは、そもそも第四王子が気に入らなかった。
「腹が立ちます。あの者が王を利用し求婚さえしなければ、もう既に姫様の婚約者は、一族で会議が終わってるはずなのに」
ダナー家の子供が十五になると、十枝の一族内で婚約者の選定をする。リリーの護衛の中には、候補者として組み入れられた者が大半だ。
「ベオルド伯なんて、超有力ですよね。姫様に一番頼られてるし」
誰が選ばれてもおかしくはない。互いに、彼らはこの事を口にはしない。だが話の流れで問いかけたセセンテァはトライオンに、内心とは違う言葉を口にした。
「私は歳が離れすぎている」
「年齢差なんて問題ないですよ」
「それよりも、問題は第四王子でしょう。今はまだ大した力はありませんが、正式な破談は早い方がいい」
気まずい流れをガレルヴェンが切った。男達の会話の中、それをやれやれと眺めていたのはデオローダ侯爵家のナーラ・フレビア。
「皆さん心配しすぎですよ。姫様は無事に第四王子との婚約を破棄して、直ぐに領内に戻られる。王都に、他に姫様が心を惹かれるようなものは居ないのだから」
侍女としても仕えるナーラは、婚約者候補達の焦りを笑い一蹴する。だが目の前に座るエレクトの表情に、それを問いかけた。
「どうしたのだ? アストラ卿」
上の空をナーラに指摘されたエレクトは、「いえ、なんでも」と頭を振る。
エレクトの懸念。
サイオスの名を知ってから、リリーは他の男子生徒を探す事はなくなり、そしてあれほど楽しみにしていた、学院食堂へも行かなくなった。
更に表情を曇らせて、思い悩む時間が増えている。
それをエレクトは、リリーがサイオスに想いを寄せているのではと懸念していた。だがそれを振り払うように、同じ様に怪訝な顔のトライオンに言い聞かせる。
「ベオルド伯、オウロ卿の言う通りだと思います。ナイトグランドのアーナスターは、見た目にも、そういった心配は無用かと思います」
敵は第四王子よりもサイオスかもしれない。
なので腰を引き足を内股に、見ようと思えば女にも見えなくはない、なよなよとしたナイトグランドの次男には、なんの心配も抱かなかった。




