10
六人の王子の中で一番美しい第四王子グランディアだが、その立場は常に宙に浮いていた。
母親の血筋であるアトワでは、王家の血を引く王子として一族に距離を置かれ、王族に屈しない左大臣大公家アトワの強い権力を持つ血筋でもあるために、常に王太子や他の王子から警戒されている。
学院では一切隙を見せない第四王子。そのグランディアが、彼の汚点と噂されるダナー家の婚約者を、直々に迎え出た事に驚きの声が上がった。
黒制服の公女を二階広場から見下ろしていたのは、王家の一族と左側の貴族たち。初めて目にした黒のリリエルの姿に、各々は内心の動揺を隠し必死に軽口を探す。
「…右側が領地から出さずに隠し続けているから、どんな醜女かと思っていたが…」
「そうだね。グレインフェルド殿とメルヴィウス殿、あの二人の妹君なのだぞ。そ、そもそも、美しくないはずがないのだ」
「それより見たか、ノースの断頭官、プランの尋問官、更にパイオドの監視官まで居たぞ」
「彼らが集うなど、今まで無かった。これは大変な事だぞ。見ろよ左側の連中、まるで戦争でも始めそうな雰囲気だ」
紺色制服がひしめく対岸には、白制服が集っている。階上から眺める彼らの姿に、王族貴族生徒は、ふと首を傾げた。
「フィエル殿が居ないな」
右側の迎えの生徒を置き去りに、グランディアがリリーを奪い去った事に、それを勝利だと誉めてはいたが、そこには上に立つものが居ない。
アトワ家直系であるフィエルは、今年リリーと同じ十六になる。昨年編入してきたフィエルだったが、今はここには無かった。
「先週から仕事で領地に戻られたそうだぞ。暫くは通学されないだろう」
「良かったのか、悪かったのか。彼がこの場にいたなら、左側はどうしていただろうな。国王に命じられた学院内での不戦を破っていたかもな」
生徒たちは、アトワの跡継ぎであるフィエルがリリエルを目にすればどの様な気持ちを抱くのか注目し始める。
それを面白がる者たちと、怯える者たちと、噂は漣のように広がった。
「ふーん。ダナー家の公女か。悪くないね」
各々が遠巻きにエントランスを見つめる中で、第三王子フロランスもダナー家の公女を見物にやって来た一人だったが、そこに妹のエルストラが近寄ってきた。
「兄上様、なんでかしら、グランディア様が、ダナー家のリリエル公女を迎えに来たの」
「婚約者としての体面を保つために、ダナー側からグランディアに頼んだのだろう」
「でも、個人的に案内までするなんて! 必要あるの!?」
学院内では、ダナー家の公女が第四王子を好きになり求婚したが、それを断りきれないグランディアが保留にしていると噂が回っていた。
それはリリーが編入する事が開示されてから、直ぐに広まり始めた。その後は逆に右側が拒絶したとの噂も出たが、それを王族側は信じていない。
「きっと公女は、グランディア様を追って来たのよ」
第三后の王女エルストラは、幼い頃よりグランディアを想い慕っていた。右側との婚約話に憔悴していたが破談の噂が広まり、安心していた矢先の出来事だった。
「心配するな。お前の方が美しいよ」
**
第四王子であるグランディアが特別に出迎え、更に教員が行うはずの学院内の案内を申し出た。
グランディアに好意を持つ者たちが羨望に見つめる中、手を引かれる当の本人は、上の空に何かを考え込んでいる。
特別に、校内で唯一気の休まる貴族専用の展望室を見せても、リリーは何の反応も見せなかった。
(やっぱり変わってる娘だと思ったけど…)
二年近く会わなかっただけで、リリーはとても美しく大人びて見えた。いつもと違う髪型に、初めて見た制服姿。それを見て跳ねた鼓動を隠し、明らかに敵意を見せた護衛たちから、急いで引き離してここまで来た。
少女との久しぶりの再会に、人生で感じた事のない高揚。緊張に手のひらは汗ばんだが、グランディアは側にいる自分を見ずに、きょろきょろと周囲を見渡す少女にだんだんと腹が立ってきた。
「…………」
「!?」
だが沸き上がった苛立ちを口にしようと向き合うと、突然リリーはグランディアの顔を見つめ始める。真摯に、全身をくまなく蒼の瞳は追ってきた。
「なんですか?」
それにどぎまぎと身体は固くなったが、なんとか平静を装い続けた。
自分を律する為に、問いかけは素っ気なく吐き捨てる。内心ではやり過ぎかとも思ったが、リリーの質問はグランディアが想像もしていないものだった。
「そういえば私は以前グランディア様に、グーさんと口に出した事があるかしら?」
「ありますよ」
反射的に即答したが、内容に内心では困惑する。
(それが久しぶりの僕に対する質問なの?)
よく考えればリリーらしくはあったのだが、グランディアは、この奇妙な問いかけにいつもの自分を漸く取り戻せた。
「初めはまさか、それが自分だとは思いませんでしたが、貴女は私を見て、たびたびそう呼び掛けられていましたよ」
ダナーに訪問していた期間。リリーは会話の合間に、グランディアに対して「グーサン」と何度か呼び掛けていた。
聞き慣れない呼び方。
調べさせるとダナー城内でこの事は広まっておらず、左側を母に持つグランディアへの嘲りではない様だった。
なのでグランディアは、それはリリーが自分に付けた特別な愛称なのだと、そう思うことにしていた。
✳✳
ダナー家の公女の編入により、学院内の右側と左側との派閥の対立は、この日を境に悪化した。
今まではお互い触れないように過ごしてきた彼らだが、リリーの存在により右側と呼ばれるダナー・ステイ一族は臨戦態勢となり、特に左側に強い警戒を放っている。
少し何かが触れあえば、殺傷沙汰に転じる緊張感。
それを察した力の無い者たちは、常に距離を保ち恐怖に怯えている。
その中で黒の氷姫と称されたリリーだけは、異様な落ち着きを払い、女王の様に君臨していた。
「姫様、何かお探しですか?」
通学が始まって暫くすると、リリーは常に何かを探し始めた。
それは王族の女子生徒かと思えば、体格の大きい剣士の集団を目で追う。その二点に注目していた護衛のエレクトは、リリーの目的を確かめたかった。
『番長……』
「??」
何度聞いても聞き取れない。靄のかかるリリーの独り言。だが直ぐに、リリーは「大丈夫よ」と答えをはぐらかした。
**
「聞こえなーい!」
「?」
教室の移動でエントランスに差し掛かると、螺旋階段の下で大きな声がした。
「はっきり言いなさいよ」
王族の制服に取り囲まれるのは、庶民を表す深緑色の制服。長い黒髪に褐色の肌の生徒は、逃れられず背を丸めてその場に立ち竦んでいた。
「……ぃてもらえ………か」
「聞こえないって、言ってんだよ!!」
王族の血筋が遠くても、王族と婚姻関係にある親族の子供でも、王族と関わりがあって認められれば紺色の制服を着用出来る。
中には質の悪い者も居て、彼らはたびたび庶民の証である深緑色の制服の者たちを、無作為に選んではからかうのだ。
その場に初めて遭遇したリリーは、スッと蒼色の瞳を微笑みに歪めた。
「このこを見て笑っているの?」
螺旋階段から降ってきた声に、何者かと取り囲む生徒たちは仰ぎ見る。
彼らは、黒色の制服の生徒、見た目に畏怖を与える者達の先頭に立つ少女に、あっと、出た声を気まずく飲み込んだ。
からかわれていた生徒と、それを笑っていた女子生徒の間に、微笑むリリーが進み出る。美しい少女が歩くたび、人垣は自然と開かれ道を作る。
「どの辺が面白いのかしら?」
深緑色の制服を上から下まで観察する。その様子を見た女子生徒は、リリーが自分と同じ様に、庶民に嫌悪を示したと思った。
「ステイ大公女様も思いませんか? なぜこの様なもの達が、我々と同じ学院に通う事が出来るのかと」
「そうですよ。そもそも、貴族と同じ様に学べると思うことがおかしいのだ」
口々に連なる悪意。それに同調する様にリリーが微笑んだ事により、強者からの許可を得たと更に庶民に対する非難は続く。
無学無知、生まれた血筋を笑う。取り囲む者たちを見回したリリーは、皆と同じ様に声に出して笑うと貴族の生徒を指差した。
「ふふ、フフフフフッ、あはははは! 面白いわね、貴方たちのお顔!」
「!?」
指を差された者は、何の事かと徐々に笑いが失せていく。漸く笑われているのは自分たちだと知って困惑し始めた。
「鏡をご覧になったこと、ありますの? 貴方たちのお顔の方が、私は面白いわ。フフッ」
「何を言うんですか!」
「集団で一人を取り囲み、人を虐めて笑うその顔。…なんて醜くて面白いのかしら。…不細工ね」
「!!」
非の打ち所がない。美しいリリーに顔貌を貶されて、言い返せない者は怒りと恥ずかしさに顔を赤らめ俯いていく。それを見たリリーは、更にフフフッと吹き出した。
「ああその顔、容姿を私に貶されて、今度は自分が被害者って顔なのかしら? でもね皆さま、よく考えてみて。複数で一人を取り囲み笑う。卑怯で哀れな加害者は、一体誰なのか」
自分は王族の親戚だと言い返そうとしても、それが通用しない右側という大きな権力。更に背後に無言で控える黒制服の者たちに、誰一人反論出来る者は出ない。
先頭で悪口を言っていた女子生徒に近づくと、リリーは顔を覗き込んで美しく笑った。
「良かったわね、加害者になれて。うらやましいわ」
蒼白になった女子生徒はその場から後退る。逃げる様に紺色の制服が離れて居なくなると、残された深緑色の生徒を、リリーはくるりと振り返った。
背の高い生徒だが、それを丸めて俯いている。
「あなたにも原因があるのだわ。下を向いて笑われたのならば、もっと背筋を伸ばして、前を向いて歩いてみなさい」
「!」
ポンと背中を軽く叩かれた。それに金色の瞳は見開かれる。
「そうすれば、私と朝の挨拶が出来るのよ。下を向いていては、この私の姿に気づかないでしょ?」
尊大な物言い、覗き込んで来た大きな蒼い瞳は、いつか図鑑で見た神秘の蒼の宝石の様に輝く。
「しっかりね!」
と、にっこり笑った美しい顔に赤面するが、今度は俯かず、黒制服に囲まれて歩き去ったリリーの背をじっと見つめていた。




