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森の奥には、成獣から幼獣まで、身体を裂かれて打ち捨てられた死骸が無惨に残されていた。
「なぜ幻獣の巣を発見出来たのだ?」
「あの女が、あの女が悪いのです!」
「次は左脚だ」
顔はやつれているが、蓄積した脂肪により腹は肥え太っている。それを石畳にこすりつけながらのた打ち回り、男は折られた足首に絶叫した。
「簡潔に、質問の答えにだけ口を開け」
灰色の髪はスッキリと襟足を刈り上げ、長めの前髪を後ろに撫でつけている。背は高く、黒の軍服に身を包み、精悍な顔つきの男は冷たく言い放つと、金を宿す榛色の目で両脇に立つ二人の兵士に合図を送った。
「い、ぎゃああぁああ!!」
右脚の全ての関節を砕かれたケーブ・ロッドは、ついに幻獣狩りの秘密を白状した。
「幻獣の巣の近くには、必ず紫の花が咲いている?」
ただの紫色ではない。夜になると淡く光る紫が目印になると、養女が教えてくれた。
「怪しいのはあの女なのです! 俺たちは、毛皮や肉を売れればいいと、それだけだったのに、あの女が、身体の中の石を境会に売れって…、畜生、俺たちは、騙されたんだ、」
*
森で拾った風変わりな美しい女。足をむき出し肌を見せた変わった衣装に、初めは娼婦かと思ったが、食事を与えると妙なことを口にした。
「この森の魔物をやっつけると、あの石がとれるんですよね?」
木こりと偽って、ダナー領の端で獣を狩っては、毛皮を闇市に売っていた。女の言葉通りに幻獣を見つけると、胴を裂いて臓物をあさってみる。すると心臓付近から、珍しい色の石が出てきた。
「あ、私、死体とかダメなんで、石だけ見せて下さい。あーこれかなー、なんか緑っぽい石。これをあそこに持っていくと、お金に替えてくれるんですよね」
女の話し方には癖があり、言葉と口元に違和感がある。だがあそこと言ったのは境会で、不審な女と共に初めて門を叩くと、小石が想像以上の高値で売れた。
それからは孤児を集めて狩りをさせ、それで収益を増やしていった。
*
ーー「トライオン様、その後、ケーブ・ロッドはどうですか?」
会うたびにリリーはそう聞いてきたが、その日は違った。
ーー「そういえば私ね、来年から二年間、王都の学校に入学するの。これもトライオン様が、ケーブ・ロッドを医者に預けろと教えてくれたお陰ね。私は未熟だから、これから色々なお勉強をしてくるわ」
「だから俺は、何にもしてないんだ!!」
拷問部屋に響く罪人の叫び声。罪を認識出来ない男がリリーの足枷となっていたのに、それを解き放ってしまった自分に対し、トライオンは酷く苛立っていた。
**
王都の別邸に呼びつけたのは、過去にリリーの教育係の一人だったもの。
「大公閣下から、貴殿のことは聞いている」
「はい」
王族の特徴を持つ白金の髪。そして翠色の瞳を持つセオル・ファルは、家格が低い侍女と王との子供である。
「後ろ楯がなく、その身の保護を求め、王位継承権を放棄して神官となり、ダナーを頼ったと」
「はい」
「なぜ王家が信奉する境会ではなく、旧教である天院教に帰属した?」
「ステイ大公閣下が、境会の者を信用していないと聞きました」
「……」
「それに私の考えでも、旧教はリリー様の為になると考えました。神官が一人でもいれば、境会は信仰の教育を理由に介入出来ませんから」
「それがなぜ、リリーの為になると考えた?」
鋭い蒼い瞳に射貫かれた。だがそれに動揺することなく、セオルは少しの間で返答する。
「それは公子様と同じ結論に至ったからです。だから今、この場に呼ばれていると理解しています」
「……」
「王宮で、独自に歴代ダナー公女に関する資料を探しました。結果、公女の様々な死因の唯一の共通点は、境会の関与があることです」
ダナー・ステイ一族でも、王宮の資料室にまで踏み込む事は出来ない。
「ここに至るまで年月がかかりました。ですが漸く、全てが確実に境会と紐付けられていたと、ステイ大公閣下にお伝え下さい」
この提案に、ダナー・ステイ大公は第二王子を引き受けた。セオル・ファルは、ダナー家公女の呪いに関する調査を王宮で行うと、自身の安全と引き替えに申し出たのだ。
「セオル・ファル・グロードライト、貴殿の真意は、まだ見えないが」
それだけではなく、まだ何かを隠してる。そう暗に問われたが、セオルは意味深な笑みを浮かべたまま。
「公子様、私は七つの時より、グロードライトは名乗らず、へーレーンを使用させて頂いております」
「十六年前、貴殿が初めてダナーを訪れた年。その時既に、この計画を考えていたか」
セオルは当時六歳。グレインフェルドは五歳だった。
ダナー城で新しい命が誕生し、王子が大公家に挨拶に行く公務。だが同じ年齢の王太子がダナー城に訪問する事を泣いて怖がり、代わりにセオルが境会の神官と共に挨拶に訪れた。
そこで初めてリリーと出会ったセオルは、公女の呪いの話を聞いた。そして生きている限り王族に脅かされ続ける自分の命を、右側に護ってもらおうと思いついた。
「……」
「…ならばセオル・ファル・へーレーン。十五年前、我が家と交わした契約。リリエルの身を神官として守護すると言った、それを継続してもいいと考えている」
「!」
「リリエルが王都の学院へ行くことになった」
「なんで、……っ、」
息を飲み込んだセオルは、喉まで出かけたグレインフェルドへの非難の言葉を無理やり飲み下す。
「神官としての立場、それに王家の血筋を持つ貴殿ならば、国務として、あの学院に簡単に入れるだろう」
✳
「姫様、走ってはいけません」
「だって動きやすいのは久しぶりなんだもの」
開かれていた窓辺から、階下の声が聞こえてきた。報告書を片手にグレインフェルドがエントランスを見下ろすと、学生服にはしゃぐ妹が通学する姿。
「嬉しそうに、騒ぎすぎだろ」
背後から同じものを見下ろしたメルヴィウスは、優しげな目でそれを追う。
「グラン・グラスの叔父上が言うには、若い頃の母上にすごく似てるんだって」
今では想像もつかない母親の快活な姿。スクラローサの学生服は、王都軍騎士団の制服を模している。男女共に着用するそれに嫌悪を抱いていたダナー家の者たちだったが、喜ぶリリーの姿にその気持ちは薄らいだ。
「あ、こっち見た」
初めての制服姿を得意気に自慢しに来た妹に、二人は複雑な思いで何も言葉を発しなかった。
髪を結い上げ振り向いたリリーは、窓辺の兄たちを見上げると、ステイ騎士団の敬礼をした。
「生意気」
捧げる剣は無いから腕で顔を隠した。そして笑顔で大きく手を振った妹に、二人の兄は顔を見合わせた。
「呪いについて、そちらの進捗はどうだ?」
必ず呪いを解かなければならない。妹の笑顔に決意を強める。
「そういえば、ダナーの街で、リリーに似てる者が居るって話、兄上知ってるか?」
「少し前に調べさせたが、その様な者は居ないと報告はあった」
「……あ、うん。それ」
メルヴィウスも何度も行っていた、妹を騙る詐欺師の捜索。だが既に調査が終わっていたことに弟は沈黙したが、「俺も見たんだよね」と、収まりの悪い銀髪をかいた。
「サテラの広場でか?」
「ああ。なんか、すれ違った女がちょっと似てるかもって一瞬思ったけど、よく見たら全然似てなかったんだ。…でも考えたら、これって変だよな?」
「お前が見間違えたのか」
「そうなんだよ」
リリーをよく知る兄が見間違えた。それを重くみたグレインフェルドは、すぐさまダナーに伝令を送った。
**
ダナー家の公女が編入してきたことに、学院内は騒然となった。
「あれは、クレルベ家の、ベオルド伯ではないのか?」
「ベオルドの拷問官…、」
「彼が護衛についてるのか?」
出迎えの教師達さえ、トライオンの金を宿す榛色の瞳に気圧され近寄れずに尻込みをする。
黒のダナー特有の襟の高い軍服、整えられた灰色の髪、長い腕が馬車の扉に差し出されると、真っ黒の闇の中から真っ白の女の手が現れた。
「……!」
荘厳な漆黒の馬車から降りてきた者は、その場に居た者たちの動きを止める。
黒髪を結い上げ、真白い肌に蒼玉の瞳、唇だけが仄かに紅い。作り物の氷の人形の様な少女に、一目見た学生たちは言いしれぬ異様な緊張に身を固めた。
それはステイ一族特有の黒の制服に身を包み、高貴な処刑人たちを従え進む。
「ここより先は、我らは入る事が出来ません。お気をつけて」
各家の護衛騎士は、学院の玄関先で足止めされる。だが既に、様々な年齢で構成される十枝の護衛の内、学院生の適性を持つセセンテァを筆頭に、メイヴァー、エレクト、フィオラが年代別に指揮をとる。
彼らに引き継ぎはしたものの、なかなか近付いてこない教師たちをトライオンは睨み付けたが、それにリリーは、大丈夫だと笑顔で振り返った。
「?」
差し出した鞄を受け取ると、予想通り白制服、左側の者がこちらを警戒して様子を窺っている。
口頭の教育だけで、実際の左側との衝突を経験した事がないダナー家の公女。明らかに敵意を表す左側の者に対し、リリーはそれを微笑みで躱した。
(素晴らしい対応だ)
トライオンも想像していなかったリリーの大人の対応に、思わず感心に軽く頷いた。だが直ぐに、リリーは「あ、」と令嬢に相応しくない声をあげる。
視線の先には王家の王女。
(第三后のエルストラ王女か)
王女の兄である第三王子は二学年上。物静かな外見とは裏腹に、従者の扱いが善くない兄妹との噂がある。
その王女がわざわざ出向いて見つめる中、「リリー」と呼び掛けた者がいた。
(リリー、だと?)
学院内からリリエルを愛称で呼んだ者は、求婚者である第四王子。紺色の制服を着たグランディアの登場に、トライオンは苛立ちエルストラは驚いた。
「ご苦労だね。ここからは、私が案内するよ」
出迎えの右側の生徒と護衛騎士を目線で制し、返す言葉を封じると「さあ行こう」と先を促す。
「トライオン様、では帰りにね」
手を取り、グランディアはリリーをこの場から強引に連れ去った。




