リリー16歳〜③
主人公にも王太子にも遭遇しないまま、何の進展もないままに、時は過ぎ去っていく。
でも学院行事だけは定期的にやってくる。
今日は待ちに待った社会見学。
世間を知らない貴族のお子様に試練を与えようと、王様が企画した、庶民の暮らしを覗いてみよう見学会!
だからなんと、黒色メンバーズもうちの警備員たちも、皆様まったく居ないのです!
(新鮮……)
不安げに公園をうろうろしている白と黒と紺色。
先生達が決めた見学範囲は、中央公園の外周を一回り。店を覗くのも物を買うのも個人の自由。ピアンちゃんのお家に行く口実に、狙っていたあの場所、そう。
もちろん出店だって入れるよ!
でもやはり私はノーマネー…って思うでしょ?
じゃーーーーん!!
ここに、セオさんから貰ったお小遣いが登場するのです!
(なに買おうかなー、やっぱり最初はフルーツ飴にしようかな?)
「これ、いただくわ」
チャリーン!
ゲットしたのは、赤と黄色のつぶつぶが沢山ついたフルーツ飴。
あむっ!
あっまーい、うっまーい!
念願の食べ歩きを堪能し、次の標的はこの公園内を支配する串焼き匂。
でもとりあえず、フルーツ飴が無くなるまでその辺をぶらつこう。
あむあむ、ムフフ。
小物店、果物店、スィーツ店。
お、あそこに、氷菓子店を発見。前にグーさんがうちに来てた時、何回かお土産してくれたことがあった。あそこで買ったのかな?
「?」
商店街の少し外れに、お洒落なテントを発見した。まるで過去世のお祭りを思い出させるテント。
少し覗いてみたら、ステージを見ている超混雑している大人たち、だけど受付のおじさんにチケットを確認されたので撤退する。
(なんか、気になる物が見えた)
ステージの上に並べられた檻っぽい何か。
「……」
さりげなく裏口に回り、様子を確認。
開いていた天幕の隙間を覗き込むと、薄暗い中に何かが一つ置かれていた。
(これって…)
鳥籠の様な檻に閉じ込められた綺麗な子猫。
しょんぼり俯く子猫は、見たことの無いエメラルド色の光沢を放っている。ちらりとこちらを見た、大きな悲しげなピンク色の瞳。
予感が的中した。ここはやっぱり大人の競り市場。
「うーーん…」
ここから出してって訴えかけてくる瞳。
ここでよくある競り市場設定は、お節介な主人公が出品物を助けようと、自分が代わりに捕まって出品されるというジバク・チャレンジ。
もしくは主人公が競り主となり、大金ちらつかせてハイハイって札を上げるバクチ・チャレンジ。
でも私は主人公ではない。
けどなんか、ジバク、バクチって、悪役っぽくない?
やっておいた方がいい?
やっぱりお金? お金をチラ見せする?
でも正直、私の手元には…。
チャリ。
覗き込んでみた巾着袋。
(にーしーろー…、)
セオさんが手渡してくれた小銭の入った巾着袋。
これは、屋台のおやつに使う小銭。
残りはだいたい串焼き八本分。
きっと多分、この小銭では、ハイハイ札を貸してもくれない。
なんで悪役のくせに、大金くらい待ち合わせてないのかって?
家族は私に信頼と安心を得る事が出来なかったのか、大きなお金を握らせてくれたことはない。
いつものお買い物は、係のお姉さんか警備員の誰かが払ってくれる。
孤児院の運営資金だって、紙でしか見たことないよ。
だから? つまり?
この現状を、指をくわえてみてるだけ?
それってやっぱり悪役らしくないんじゃない?「おほほほっ」て、登場しなくちゃ意味ないんじゃない?
迫る子猫の競りタイム。
「これはこれはお嬢様、そちらをお買い上げくださるのですか?」
「…………」
見上げると、変態仮面のヤバいやつ登場。変態とか言ったけど、ブラとかパンツはかぶってない。例えるならば、サディスティックに鞭でビシッてやる方の変態仮面。
鞭……。
腰についてるあれ、まじもんのほんまもんのやつじゃない?
マジかよ。
凶器に釘付けになっていた私。だけど変態仮面は意外にも、ブローチ一個との物々交換だけで子猫を私に譲ってくれた。
そしたらね、学院でセオさんに、初めてめっちゃ怒られたの。
「知らない人から物を貰ってはいけないと、言ってたでしょう!?」
だよね、それ。過去世のマミーにさんざん言われ続けてきたやつ。
あとそれとセットに、知らない人についていったらいけません、てのもあったよね。
ただじゃないよ。ブローチと交換したよって言い訳したら、尚更怒りそうな雰囲気をかもし出したので作戦変更する。
しょんぼりしてみせ、セオさんの怒りを中和させる。セオさんは二人の兄貴たちより粘着力が弱いので、直ぐにはがれて教師として現場復帰出来そうだ。
よかったね。
「それよりも、なんだか今日は、校内が静かではありませんか?」
怒られていたけど気になってたんだよね。さっきから。
一部の貴族生徒が社会見学に出ていないのは分かるけど、深緑の一般生徒たちも少ないような?
「…特別授業が終われば、そのまま帰宅する生徒もいますからね」
「え、そうなのですね」
知らなかったなー。まさかうちの人たち、中央公園で待ってたりしなかったよね?
警備員たちとの連絡ミスに、帰宅後の上の兄の静かな怒りが思い浮かぶ。
でも、それにしたって静かすぎない?
**
布を被せた籠を抱えていたらね、まず黒色メンバーズの一人に廊下で驚かれ、そして学院玄関で警備員に驚かれ怒られ、更に家に帰ったら二人の兄貴に怒られたよね。
どうやってゲットしたのか、追及されたよね。
自白したら、珍しく下の兄貴も目を瞑って無言になったから、逆にハラハラしたよね。
だからこそ。
「ねぇ、にゃんっ、言ってみて、ねぇ、」
子猫の可愛さで周りを押さえ込もうと努力したけど、被せてた布を取ってから丸まるだけの子猫は、ぜんぜん私に協力的ではなかった。
むしろ子猫は、悪役の私に脅迫されているみたいにぷるぷるだったよね。
でもなんだかんだで、お兄さまたちは仕事に追われてるみたいで、更に私の子猫持ち込み企画に二人で頭を抱え始めて、それ以上は怒られなかった。
ほっ。
パピーとマミーには、柔らかく表現して伝えてね。
**
夕御飯の後にやって来たのは、我が別邸の裏庭と称する森の中。
「大丈夫」
「……」
私に大人しく抱っこされている子猫。
水やミルクを口に入れても、葉っぱやお肉の欠片を近付けても、ぜんぜん何にも食べなかった。
檻に入れられていた子猫はね、可哀想だから自然に帰してあげようと思っていたんだ。
ちゃんと警備員にいろいろとアドバイスも受けたよ。
人間に飼われていたこが突然野生に帰されても、逆に生きていけないこともあるって、過去世のパピーに聞いていたから。
(初めてこんなに奥に来た)
鬱蒼とした裏庭の森。もちろん警備員たちも同伴してくれてる。
「姫様」
警備員師匠たちと黒色メンバーズも皆が緊張してる。
月明かりが射し込む黒の森。青と黒の闇の中、よく見ると大きな影がある。
熊なのか、それより大きいのか、動物園でしかみたことないから分からないけど、尖った耳にしなやかな身体のラインは猫っぽい。
(でも絶対、ライオンとかより大きそう)
離れた場所からこちらの様子を見ている。その時、両手の中の子猫がもぞっと動いた。
(迎えに来たんだ。よかった…)
皆はすごく緊張してるけど、私はなんとなくそう思った。
手に包んでいた子猫をそっと下に降ろす。
バイバイマスコット。
本当なら、主人公のペットとしてか、安らぎキャラクターとしてか、画面の隅にnow roadingの度に走らされていそうなこの子。
もう捕まるんじゃないよ。
「さあ、行って」
ーーガブッ!
「…………、」
「グーー」
まじかよ、マスコット、私の手をかじりやがった。しかも今、ぐーーって、唸らなかった?
タタッ!
パピーかマミーの元へ、被害者として一目散に逃げていく。
保護者の元に、無事にたどり着いた被害者子猫。ペロって味見をされている。
「た、食べないでよ、」
かじられた手を宙ぶらりんのまま、私は呆然と立ちすくみ、舐められている子猫を慎重に観察。
そして、奴らはこちらに礼を言うこともなく、子猫は名残惜しげに私を振り返ることもなく、背を向けその場を素早く走り去った。
「…………良かったのよね?」
あれ? もしかしたら、今ので加害者レベルアップしたのかな?




