第8話「それが一番いい」
アルヴィンに呼ばれたのは、告白から一ヶ月後だった。
「クロード、少し話がある」
執務室の端、二人きりになれる場所で。書類の乾いた匂いが漂っている。
「何だ」
「アルディアのことだ」
「ああ」
「あの人は、信じることが下手だ」
「知っている」
「だから教えてやる」アルヴィンが少し間を置いた。「アルディアが初めて誰かを信じたのは、お前だ」
俺は黙った。
「小さい頃から、あの人は人と距離を置いていた。公爵令嬢だから、近づいてくる人間の目的が分からないから。でもお前だけは、最初から距離が近かった」
「幼なじみだから」
「それだけじゃない。お前は見返りを求めなかった。いつも隣にいて、何も求めなかった。だからあの人は、お前を信じることができた」
(知らなかった)
「俺に言う必要があったのか、それを」
「ある。お前が諦めないようにと思って」
「諦めない」
「俺には分かる。お前は根気強いが、たまに不安になる」
(見透かされている。こいつの観察力はどうなっているんだ)
「……少し、不安になることはある」
「アルディアは逃げながら、ちゃんと前を向いている。安心しろ」
「なぜお前がそんなに詳しいんだ」
アルヴィンが少し考えた。
「あの人を、長く見てきたから」
「アルヴィン」
「何だ」
「お前は……アルディアのことを」
「お前が好きな人だ」アルヴィンが静かに言った。「俺が何かをするつもりはない。ただ、幸せでいてほしいと思っている。それだけだ」
俺はしばらく黙った。
「……そうか」
「ああ」
「ありがとう、アルヴィン」
「礼はいい。さっさとうまくやれ」
アルヴィンが立ち上がって、窓の外を見た。一瞬だけ、その横顔に何かが走って、すぐに消えた。
「アルディアが笑っていられるなら、それが一番いい」
以前も言っていた言葉だった。
でも今日は、その言葉の重さが違って聞こえた。
(アルヴィンも、この人なりに大事にしている)
「アルヴィン、お前はいいやつだな」
「うるさい」
「本当に」
「うるさい。帰れ」
俺は少し笑いながら、執務室を出た。廊下の冷たい空気が頬に触れる。
◇
──クロード・バレンシアの日記より。
『アルヴィンに「アルディアが初めて信じた人間はお前だ」と言われた。知らなかった。俺はただ隣にいたかったから、隣にいただけだった。でも、それがアルディアには大事だったらしい。これからも、隣にいる』
次話:「アルディアが転んだ」




