第6話「声が、違う」
手を重ねた翌日、アルディアはまた少し距離を置いた。
俺は追いかけなかった。待った。
三日後、図書室でまた隣に座ってきた。紙とインクの匂いがする静かな空間に、二人分の呼吸だけが落ちる。
何も言わず、本を読み始めた。
俺も何も言わず、本を読んだ。
一時間、静かに本を読んだ。
「……クロード」
「ああ」
「一つ聞いていい」
「何でも」
「私のこと、いつから好きだったの」
俺は少し考えた。正直に答えることにした。
「十二歳のとき」
アルディアが黙った。
「転んで膝を怪我して、泣かなかっただろう」
「……覚えてる」
「あのとき、なんかこう、ときた」
「ときた?」
「うまく言えないが。放っておけないと思った」
「それは幼なじみとして当然では」
「幼なじみ以上の意味だった」
アルディアが少し考えた。
「六年間、言わなかったのね」
「ああ」
「なぜ」
「言ったら逃げると思ったから」
「……逃げた」
「だろうな」
「なんで今言ったの」
「限界だった」
「限界?」
「好きなのに言えないのが、限界だった」
(六年我慢した男の叫びだ。もっと重く受け止めてほしい)
アルディアがしばらく黙った。
本のページをめくらずに、じっとしていた。窓の外で鳥が一声鳴いて、また静かになる。
「クロード」
「ああ」
「今、呼んだのは」
「名前を呼んだ。何か変か」
「……いつも名前で呼ぶじゃない」
「そうだが」
「今のは、少し違って聞こえた」
「そうか」
「……どういう意味で呼んだの」
俺はアルディアを見た。
「好きだから呼んだ」
アルディアの頬が赤くなった。
「……それは、反則」
「反則じゃない」
「反則」
「アルディア」
「何」
「もう一回呼ぶぞ」
「やめ──」
「アルディア」
「……」
「アルディア」
「…………クロード」
アルディアが、初めて俺の名前を、そういう声音で呼んだ。
いつもと違う、少し柔らかい声だった。
俺は何も言わなかった。この声を、ずっと聞いていたいと思った。
◇
──クロード・バレンシアの日記より。
『名前を呼んだら、名前で呼び返してくれた。声が違った。いつもと全然違った。今日の「クロード」は一生忘れない。絶対に忘れない』
次話:「二人でいる時間が増えた」




