第5話「いないのも、怖い」
リリアに呼び出されたのは、告白から二週間後だった。
「クロード様、お茶しませんか」
「いいけど、何の話だ」
「アルディア様のことです」
(やっぱりそうか)
中庭のベンチで、二人でお茶を飲んだ。カモミールの甘い香りが湯気とともに立ち上る。
「アルディア様、最近元気がないです」
「そうか」
「クロード様のことを考えすぎて、頭がいっぱいになっているみたいで」
「……どんなふうに」
「『クロードのことが怖い』と言っていました」
「俺が怖いのか」
「クロード様が怖いんじゃなくて、クロード様のことが好きになりすぎるのが怖いんだと思います」
俺は少し黙った。
「好きになりすぎると、どうなる」
「失ったとき、立ち直れないと思っているんじゃないですか」
(そういうことか)
アルディアは昔から、何かを深く求めることを怖がっていた。公爵令嬢として、一人で立っていなければならなかったから。誰かに頼れば、その人がいなくなったとき崩れる。だから頼らなかった。
「リリア」
「はい」
「お前、よく見ているな」
「友達だから」
「アルディアは幸せ者だ、お前みたいな友達がいて」
リリアが少し照れた顔をした。それから、カップを両手で包むようにして、少し考え込んだ。
「……私も、このまま学院にいていいのか、たまに迷うんです。故郷に帰るべきか、ここで学び続けるべきか」
「リリアも悩むことがあるんだな」
「ありますよ。でも、アルディア様の隣にいたいから、今はここにいます」
「クロード様も、いい幼なじみだと思いますよ」
「そうか」
「アルディア様に、もう一回だけ言ってみてください」
「何を」
「いなくならないって」
「もう言った」
「何回でも言ってください。アルディア様は、一回じゃ信じられない人なので」
(一回じゃ信じられない、か。何回で信じてくれるんだ。百回か。千回か)
「分かった」
「応援してます、クロード様」
「ありがとう、リリア」
俺は立ち上がって、図書室の方向に歩き出した。
アルディアがいる場所へ。
図書室のいつものテーブル。アルディアが本を読んでいた。
俺が向かいに座ったら、顔を上げた。
「……クロード」
「ああ」
「何の用」
「用はない。ただ隣にいたい」
アルディアが黙った。
「一つだけ聞いてくれ」
「……何」
「俺はどこにも行かない。それだけは信じてくれるか」
アルディアが本を持つ手を止めた。
「……なぜそう言い切れるの」
「お前のそばがいいから」
「理由になってない」
「充分な理由だ」
アルディアが少し目を伏せた。
「……怖い」
「知っている」
「でも」
「でも?」
「……クロードがいないのも、怖い」
俺は何も言わなかった。
ただ、テーブルの上にあったアルディアの手に、自分の手を重ねた。指先が冷たかった。
アルディアは逃げなかった。
◇
──クロード・バレンシアの日記より。
『手を重ねたら逃げなかった。これは大きな進展だと思う。リリアに感謝する。本当にいいやつだ』
次話:「初めて、名前で呼ばれた」




