みいちゃんと山田さんが完結したことを祝いたい。
体調不良が続いているが、みい山が最終回をめでたく迎えたことが喜ばしいので、久しぶりに更新する気持ちになった。
境界知能や軽度知的について描いた作品だが、
本質は人間の生きにくさなのではないかと思いながら読んでいた。
注目作品なので、賛否両論。
寧ろ批判が圧倒的に多かった作品なのだが、
未刊作品なのに、あまりのバッシングの多さに引いていた。
最終回前に、アニメ化反対運動が起こったことも違和感があったし、新人作家があまりにも注目され過ぎたせいで作品が独り歩きを始めたのを目の当たりにして、ただ、ただ驚いた。
私は最終回を読んで、納得したし。
健常者でも、何のために生きているのか?
という問い掛けがあったことにこの作品の主題が詰まっていると思っていた。
逆張りではなく、素直に好きな作品だと思っている。
軽度知的のキャラクターがいるからではなく、
人間誰しも何かしら欠落した部分があるのが普通。
という普遍的なことを描いたから。
だからこそ、人は自分より下の人間を見つけると安心する。
逆を言えば、
誰かの成功は、不安になる。
自分より才能のある人の長所を讃えるより、
近しい人間の短所をひっそりと嘲笑う方が圧倒的に楽なのだ。
露悪作品だと、言われているが
私はそこまで露悪と感じなかった。
みいちゃんと山田さんの作品の影響で、
不器用な女性を『みいちゃん』と呼ばれる事象については、
作品よりも、そんな発言をして誰かを貶めなければいられない人間の心の問題であり、作品に罪はないと思っている。
作品があるから、差別されるのではなく、
元々人は誰かを貶めないと生きられない。
その矛先が身近な知的発達者に向かった。
それだけなのだ。
私も、子供も、きっと誰かに嘲笑されながら生きる。
そして、嘲笑することもあるだろう。
でも、それだけの話だ。
人はか弱く、健気なものだと感じた日だった。




