12 天使の羽根
今日のシドは、まさに絶好調。
本日の主役と言わんばかりの大活躍だ。
「ぶはははは! どれだけ来たって無駄なんだよお!」
……まあ、この異様なテンションだけはどうにかして欲しいけど。
とはいえ、今のシドが立派な戦力である事には変わりない。
この調子なら、私は一切戦わずに調査を終えられそうだ。
普段は酒とギャンブルの事しか頭にないダメな生き物なのに、今日は一体どうしたのだろう。
もしかして、神の力が戻ってきている……とか?
シドは、周囲からコウモリの気配が無くなった事を確認し、剣を鞘に納める。
「お疲れ様。そろそろ疲れてきたんじゃない? くれぐれも無理だけはしないでね?」
「なんの、まだまだ余裕だぜ! そんな事より塔の調査は進んでるのか? モンスターは俺が片付けるから、お前らはしっかり仕事をこなしてくれよな!」
後方から労いの言葉をかける私に、シドは拳を突き出して応じた。
現在、私たちは塔のかなり上まで登ってきている。
階数表示がどこにもないため感覚に過ぎないが、それでも最上階はもうすぐのはずだ。
ここまで登ってくる間、危険箇所は一つもなかったし、たぶんこの先もないと思う。
ここらで勝手に調査を打ち切っても充分仕事を果たした事にはなるだろうが、私たちの主な目的はあくまで善行。
「報酬が貰えればそれでいい」などと、適当な仕事で終わらせる訳にはいかない。
私は階段を登りながら、壁をペタペタと触って脆くなっている部分がないかを確認する。
「……うん、ここも大丈夫そうだね」
「そうですね。所々ひび割れている箇所はありますが、こんな程度じゃ崩れる事はなさそうです。わざわざ報告するほどの事ではないですね」
私の隣で、ヒスイが壁を足で蹴りながらそう言った。
結局、まともに調査を行っているのは私だけ。
シドとカナリアが邪魔なコウモリを倒してくれているため、作業はスムーズに行われているが、こうも壁とにらめっこが続くと流石に疲れも出てくる。
「トキ! 向こうに、変なの見つけたぞ! あれ、報告が必要な奴じゃないか?」
と、前方からシドの声が聞こえてきた。
どうやら何かを見つけたらしい。
私は作業を中断して、小走りでシドの元へ向かう。
そこには、手の平サイズの銀色の羽根を振り回すシドの姿があった。
「見ろよ、羽根だぜ羽根! こんなに綺麗で立派な奴、街に持って帰れば高く売れるんじゃないか?」
嬉しそうに羽根を持って走ってくるシドを、私は手で拒む。
「ちょっと、そんなもの持ってこないでよ。変な菌とか付いてたら嫌だから、その辺に捨ててきて」
私は天使だから、下界の菌程度でどうにかなる事はないけど、私たちの中には一般の人間もいるのだ。
特に、ヒスイはまだ幼いし、危険性のあるものを近くには置けない。
私の言葉に、シドは羽根を床にポイと放り投げる。
「ちぇっ! 分かったよ!」
――シドの手から離れ、ヒラヒラと舞い落ちる羽根は……。
床に落ちた瞬間、光りながら跡形もなく消え去った。
カナリアが、きょとんとした顔で首をかしげる。
「あれ? 無くなっちゃったわね。何か魔法で出来たものだったのかしら?」
一方、それを見た私とシドはゴクリと息を飲んだ後、お互いに顔を見合わせた。
……天界からやってきた私たちは「あの羽根」の正体を知っている。
「ねえ、今のって……」
「ああ、間違いないぜ」
「「天使の羽根だ……!」」
◆ ◆ ◆
――翼から抜け落ちた天使の羽根は、数分後に自然消滅するという特徴を持っている。
天使は割と頻繁に下界に降りてきているが、その事実があまり知られていないのは、こうした痕跡を残さないための術を持っているためだ。
しかし、今回に関してはその特徴に助けられた。
つまり、実体のある天使の羽根が見つかるという事は、まだ近くに天使がいる事の証明にもなるという訳だ。
「うおおおお! 天使はどこだあああ!」
シドの剣が、コウモリを真っ二つに切る。
すでに数えきれないほどのコウモリを倒しているが、シドに疲れた様子は見られない。
おそらく、天界に帰るための手掛かりがすぐ近くにあるという事実が、シドを突き動かしているせいだろう。
かくいう私も、天使の羽根に気付いた瞬間、疲れが吹き飛んだ。
「天使って神様の親戚みたいなもの? 実際に見た事あるって人の話は聞いた事があるけど、あたしは生で見た事ないのよね。実際にいるなら、是非ともサインを貰わなくちゃ!」
カナリアが、どこからか色紙を取り出して興奮気味に言った。
急に天使などと言われて戸惑わないあたり、流石はシドのファンなんていう訳の分からない肩書を背負っているだけある。
「サインが貰えるかは分からないけど、この先に天使がいるのは間違いないと思うよ。天使の羽根は少し時間が経つと消えるように出来てるから」
「ふ~ん。……なんだか、えらく詳しいのね」
「ま、まあ、私とシドの故郷は天使と交流があったからね。色々と裏事情を知ってるんだよ。……と、そろそろてっぺんだ」
すでに、階段の終わりが見える位置まで登ってきていた私たちは、最後の力を振り絞ってラストスパートをかける。
先頭を走るシドが、最後の段を登り終えたその時だった。
本来、誰もいないはずの最上階から、緊張感のない声が響いてくる。
「ん? この匂いは……? はて、どちら様っすか?」
◆ ◆ ◆
塔の最上階には、いかにも男性の一人暮らしといった感じの、生活感のある部屋が広がっていた。
書類の山で溢れた床の隙間に、声の主があぐらをかいて座っている。
「いやあ、はじめましてっす。下界に降りて、まさかあなたたちのような方に出会うとは、世の中何があるか分からないっすね」
私たちに挨拶してきたその相手は、白いゆったりとした服に身を包み、銀色の羽の生えた金髪の天使。
漠然とではあるものの、私とシドが天界の出身である事にも気付いているようだ。
きっと、天使として完全体である彼には、私たちが下界の人間とは違う気配を纏っている事が感じ取れるのだろう。
彼が先ほどの羽の落とし主である事は、間違いなさそうだ。
「僕は中位三級天使のライ。半年前から、この塔に単身赴任してきてるっす」
ライは、そう言うと自身がこの場にいる理由を説明し始めた。
話を要約すると、こんな感じ。
天界は下界の現状を把握するために、下界の各地に天使を送り込んでいる。
そしてライは、この塔を拠点に周辺地域の調査を命じられた。
いわゆる出向であるが、それは今後出世していくために通らねばならない道なので渋々引き受けた。
今はホームシックも落ち着いてきて、一人暮らしを満喫中……らしい。
「――まあそういう訳で、僕は今この塔から、周辺地域の安全を見守っているという訳っすね」
ライは自分の立場について、自慢げにそう語った。
天使である私にとっては珍しい話でもなかったけど、ヒスイとカナリアは興味深そうに聞いている。
「つまり何? あなたは天界の命を受けて誰かと接触しに来たとかじゃなくて、単に仕事で下界に滞在してるって事?」
私の言葉にライが頷く。
「そうっすね。僕の仕事はこの塔から日々、のんびりと下界を眺めるだけっす。あっ、だからって別に引きこもってる訳じゃないっすからね。必要があれば近くの街まで出ていきますし、ペットのコウモリたちと散歩に出掛けたりもしてるっすから」
ライが充実感に満ちた表情で、ここでの生活について語ってくる。
……たった今、そのペットを皆殺しにしてきたとは言えないな。
私の隣で話を聞いていたシドも、気まずさからか目を逸らしている。
「……ところで、せっかく出会ったのも何かの縁。少し、お願いを聞いて貰えないっすか?」
どう釈明したものかと悩んでいると、ライがそんな事を言ってきた。
「お願いって?」
私が尋ねると、ライはペコリと軽く頭を下げた。
「僕の仕事を手伝ってほしいっす。……下界の危機を未然に防ぐ、大事な仕事っすよ?」




