第一章 魔法使いの住むお城 第一話 魔法使いの碑文
人声が段々と遠ざかる中、凪は一人、颯爽と目的地へと駆けていった。大きな道から小道へと外れ、周りが緑に囲まれた僻地となっても、凪は足を止めなかった。足取りは軽い。
がさがさと多少邪魔になる茂みを掻き分け、遂に視界が開けると、目の前に美しい泉があった。
「わぁっ!すごい!ちゃんと覚えてる!去年一度来たきりなのに・・・!」
感動しつつも、首を回す。確か、例のあれは・・・
「あった!あったあった!!」
凪は、ばんざぁい、と諸手を上げて泉の淵に沿って駆け、目的地へと辿りついた。感動のあまり脱力し、思わずぺたんと膝をつく。荒い息を整えつつも、手は休めず、目的のものから草や土を払った。この学園の人は、あまりこれを気にしないのだろうか。かなり前から積もっていたように思える。
手が汚れようとも、凪のこれに対する関心は衰えなかった。多少汚れてはいるが、美しさは変わらない。地面に直接埋められた、白い大理石。少し目を凝らせば、そこに彫られた文字が読める。
一年間、この文字の羅列だけを頼りに、聖ラルク城学園を目指して勉強を重ねた。
「『このお城には、古くから一人の魔法使いが住んでいます。
もしあなたが魔法使いを見つけたら、魔法使いはあなたにどんな願いでも叶えてくれるでしょう。
さぁ、探してみてください。
この広いお城の中で、最も強い力を持つ者。この城の主、たった一人の魔法使いを』
・・・やっぱり、私の見込みは間違いなかった!うん、もうここしかない!」
「何が?」
「だから、私が・・・え?」
不意に頭上からかけられた声に反射的に答えようとして、凪は思わず口を開きかけた。が、済んでのところで思いとどまった。これは、魔法使いに言わないと意味が無い。
見上げた先で、まず目に飛び込んだのは眩しいほどの太陽の光と、碑文の正面に座す綺麗な女生徒の像だった。こちらも碑文と同じ、白い大理石で出来ている。そしてその像に寄りかかる形で、一人の男子生徒が凪を見ていた。
(わ・・・美形)
差し込む太陽の光が彼の金髪に反射して、後光のような輝きを放っている。背は高く、手足も申し分なく長い。何よりその容貌が、類稀な整いを見せて、まるで中世の大きな城に住む王子のようだった。凪や先ほどの他の学生とは異なる、純白の制服を着ている。肩には紺色のステッカーで、でかでかと「1」の文字が貼り付けられていた。
(この人、誰だろう・・・?制服は少し違うけど、ここにいるってことは、聖ラルク城学園の生徒・・・?)
「君は、ここに願いを叶えに来たの?」
ぼうっと見つめていると、男子生徒が再び凪に話しかけた。凪は慌てて我に返った。なぜか顔が真っ赤になり、声が上手く出ない。
「そ、そ、そうなんです!えっと、その・・・願いを叶えてもらいたくて・・・生徒会長さんに」
「生徒会長?」
彼は眉を寄せた。
「願いを叶えられるのは、魔法使いだけだよ?」
「魔法使いは、この学園で一番強い人なんですよね?一番権力を持つ人・・・。この学園では、校長先生よりも、理事長よりも、生徒会長が偉いと聞いています」
「なるほど、ね」
男子生徒は目を細めて薄く微笑んだ。どこか面白がっているようにも見えた。
「教えてあげようか?君の魔法使いを」
「・・・え・・・・・・?」
そ、っと風のように、彼の片手が凪の頬に触れる。凪が我に返る間も無く、彼はついと顔を寄せた。いつのまにか、彼は凪と同じ視線になるように片膝をついていた。
深い色を称える瞳が、かすかにとろけた。凪はその時になって初めて、はっと息を呑んだ。
(え、ちょ、ちょっと待って・・・!)
ゴーン。
どこかで鐘が鳴り、彼はぴくりと反応した。顔が離れ、頬に当てられていた手がすっと引かれる。彼は立ち上がると、凪に笑いかけた。
「残念。時間だ、姫」
「へ・・・・・・?」
彼は笑みを深めると、意味ありげに凪を見つめた。
「また会えることを願っているよ」
ざぁ、っと強い風が吹く。春一番だ。凪は慌てて、捲れそうになるスカートを抑えた。
風が治まる。だが顔を上げた先には既に、男子生徒の姿は無かった。
「姫・・・・・・・・・?」
泉のほとりに一人取り残された凪は、小さく呟いた。
何気なく時計を見る。・・・くわっと凪の目が見開いた。
「いけない!始まる!遅れちゃう!」
聖ラルク城学園の、入学式が。
慌てて立ち上がり、制服についた泥やら葉っぱやらを落とすと、凪は辺りを見回し、とりあえず駆け出した。行きは迷わなかったのに。
「ここ、どこ~~~~~っ?!」
一人の少女の声が、悲壮にも響き渡った。




