黒炎の月 昼 ②
祭壇の仕掛け扉が開いている。それを見たロードとエルは全てを察する。
「そこに何が居た……?」
エルが問い掛ける。
「……神はいずこに…………」
頬からはこぼれ落ちるクリスタの血が修道服を汚していく。
「だが、ここにお前の助けを必要とする人がいる」
エルがリースの額を撫でると、リーダーは静かに蘇生台の上にリースを乗せた。
事切れて間もないが、その身体は時間が経ちすぎたかの様に冷たく、硬く、そして変色していた。
「……ごめんなさい、自信がありません」
クリスタは首を横に振る。
「大丈夫だ。いつも通りにやれば巧くいく」
ロードがクリスタの肩に手を置いた――――
パシッ!
「触らないで下さい!!」
ロードの手を払いのけると、クリスタは静かに立ち上がった。乾き始めた血が黒々と変色し始める。
「知ってて黙ってたんですね!!」
クリスタは仕掛け部屋を指差して声を荒げた。
「……信仰とはその人の心の在り方を示す物だ。上司や目上の人間を崇める様な易しい物では無い。己の心の道を表す物なのだ」
ロードの言葉にカズハがクリスタの腰に優しく手を置く。
「神は既にお前の中に居る」
「……私の中に?」
クリスタの瞳に光が灯り、血の涙が徐々に治まっていく……。
蘇生台のリースを見つめ、手を握るクリスタ。
「何があったんですか?普通とは思えない痛み方です……」
その言葉にエルの表情が強張る。
「……すまない。禁呪を使っちまったみたいだ」
エルは項垂れるように下を向いた。その言葉と姿勢に、あの時の禁呪の行く末を見たクリスタは、蘇生台のリースと自分を重ねて見る。過ぎたる力は身を焦がす……これが禁呪と呼ばれる由縁なのかと1人納得した。
「魂との繋がりが消えかかっています。早くしないと手遅れに……」
クリスタは、仕掛け扉を閉め、息を整え最初に寺院に来たときの事を思い出した。
(神は私の中に……)
「俺達は外に出ていよう。グレイを頼む。終わったらいつもの店に集合だ」
ロードとカリンがその場に残り、リーダー達は外へと出ていった。
「大丈夫なのか!?」
外へ出たエルが心配そうに振り返った。
「多分……な。他に適任者が居ない事は間違いない。大丈夫だ、たまには灰になる気分を味合うのも悪くない」
リーダーはギルドへと向かった。
ダンジョンの異常事態は直ぐに街中へと話しが広まり、城からは応援部隊が現れ始めた。モンスター達の突然の凶暴化に数多の冒険者が怪我をし、運悪く死に絶え帰らぬ者になった。
「何処も彼処もあっという間に怪我人だらけだな」
ギルドのロビーは臨時の診療所になっていた。
「オイラ達も治癒呪文が使えればなぁ……」
フェリーはしょんぼりとした顔をした。
「すまん、待たせたな」
応接室から戻ったリーダー。心なしかスッキリした顔をしている。
「それで、ギルドマスターは何だって?」
「ああ、今は『黒炎の月』と呼ばれている現象らしい。数百年に一度現れるそうだ」
「ん?ありゃあおとぎ話の世界の話しじゃなかったのか?」
「どうやらそのようだな。数日で収まるらしいが、ダンジョンのモンスターは凶暴化し、階層を越えて移動する様だ。どうやらダンジョン内の魔流の変化が原因らしい……」
エルは、ふと1階に現れたワーナーを思い出した。
「それじゃあ、ワーナーが1階に出たのは……」
「ああ、1階でも十分な魔が確保出来る様になったからだな。それと、ナデシコについても報告しておいたぞ」
「そうか……王が血相を変えるだろうな」
「アイツも城兵に戻れるかもな」
「……だといいな」
一同はギルドを後にし、酒場へと向かった。
その足取りは重く、複雑な気分だった……。




